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[news mail 27 Sep 03]イラク戦争:毒の遺産
[news mail 01 Sep 03] 乗っ取られた北朝鮮政策
[news mail 12 Aug 03] 広島長崎平和宣言
[news mail 04 Aug 03]「謎の病気がミズーリ出身兵士を殺す」 「イラクの米軍兵士に謎の病気がつきまとう」
[news mail 03 Jul 03] 森住卓のイラクレポート
[news mail 02 Jul 03] 住民の安全無視のイラク占領米軍
[news mail 01 Jul 03] 邪魔な奴は撃ち殺すしかない - 占領軍兵士の実態
[news mail 25 June 03] 世代を超えて続くイラクの劣化ウラン被害
[news mail 19 Jun 03] 英公式調査で「2台のトレーラー」もシロ
[news mail 30 May 03] 米英軍は500トン以上の劣化ウラン弾を投下した
[news mail 28 May 03] レべッカ・ソルニット、暗い時代の希望を語る
[new mail 20 Apr 03] かつてのイラク原子力施設が今やウラニウム汚染地帯に
[news mail 04 Apr 03] TUP速報ダイジェスト 6号
[news mail 27 Mar 03] スコットリッター氏のラジオインタビュー
[news mail 26.03.03] 英国から見える残虐







[news mail 27 Sep 03]
イラク戦争:毒の遺産

世代を越えた犠牲 by スタン・ゴフ 益岡賢・訳
2003年9月21日 Counter punch

私の孫は、ウォマック軍医療センターで昨年12月に生まれた。このセンターは現在の米国で最も優れた医療センターの一つである。分娩出産室は多くのホテルの部屋よりも素敵で、ケアと注意は極上だった。軍の医療ケア---現在馬鹿げた私営化の圧力に晒されている---は、上質のサービスと利益がしばしば対立するものであることを示している。

私の孫がそこで生まれたのは、その父親つまり私の息子が軍の一員としてこの上質のサービスを受ける資格を持っていたからである。私の息子は今ユーフラテス川沿いの元宮殿で、そもそも彼がそこにいるのを望まない何百万人という人々に囲まれ、5、6週間かかる郵便を待って、やってくる迫撃砲に耳を澄ませながら、惨めな生活を送っている。彼が帰ってきたときに彼のことを知らないであろう自分の息子---私たちの孫---の写 真を眺めながら。

私の孫は完全だった。祖父母の決まり文句として言っているだけではない---むろん私のオフィスも家も孫の写 真で溢れているので、その面もあるが。孫が完全だというのは、つまり有るべき部位 がすべてあり、相互に調整とれて機能しており、医療関係者の言葉でいうと成長が正常に進んでいるということである。彼は素敵な肺と波止場労働者のような手を持って生まれてきた。彼は決して具合悪くならないようだし、全ての人、音楽、リス、通 り過ぎるバイクに関心があるようだ。風が顔にふきかかると恍惚とするようで、興奮するとうなって音をたてる。

私はこの子供を狂おしいまでに愛しており、恥知らずに甘やかしており、既に本を一冊彼に捧げており、そして私はもっと孫が欲しいと思っている。さらに3人の孫を。

マクシーン・ウォータース議員が組織した最近の議会聴聞会で、私自身も含めた10人の軍人の家族が、ブッシュフェルドの戦争に対する反対を証言した。その後一緒に夕食を取っていたとき、若い軍人の妻が私に、自分と夫---夫は今イラクにいる---は子供を作らないと決めたと言った。それ以来、我々「今すぐ兵士の帰還を」に参加している我々は、軍人のカップルから同じことを沢山聞いた。劣化ウランを心配しているのである。

私の孫は歩くことを覚えつつあり、とても注意深い。注意して努力する必要がある。けれども、彼は9カ月まで生き延びるのに大手術は必要なかったし、甲状腺なしで生まれてきたり頭にドレーンを差し込む必要があったり消化管がつながっていないで生まれた子供のように専門家の群を必要ともしない。

こうしたことは、イラクの子供たちには、本来よりも遙かに沢山起きている。そして、今イラクに駐留している米軍兵士の子供たちにも起きるかも知れない。軍人のカップルの多くが子供を作らないと決めているのは、そのためである。以下は、「今すぐ兵士の帰還を」のホームページに出された手紙の抜粋である:「私の夫と私は子供を持たないことに決めました。イラクで私たちが晒された何らかの物質が出生異常を引き起こすことを恐れています。この戦争は私の生活を逆さまにし、将来永年にわたって人生に影響を与えています」。

自分はそんな臆病ではないという人々は、イラクにおける「極端な出生異常」の写真がいくつか掲載されているこのサイト(*)を見て欲しい。軍人のカップルが表明しているのは非理性的な恐怖に過ぎないとお考えにならないように指摘しておかなくてはならないが、こうした出生異常は恐るべき比率で起きている。

* http://www.web-light.nl/VISIE/extremedeformities.html

私はこうした写真を見るのを好む。というのも、我々のいわゆる「報道」が採用している「不快な」写 真を見せないという礼儀のセンスは、服従の一形態だからだ。戦争は不快/攻撃である。戦争を理解したいなら、遺体を見る必要がある。戦争を支持する人々は、それを見るべきである。同様に、兵士たちの体に何が起きているかの真実を理解したいならば、これらのひどい異常を抱えた子供たちを見るべきである。我々は、死んだ人々の写 真、手足を失った人々の写真、異常を抱えた子供たちの写真を報道する必要がある。米国兵士のものも含めて。

そして、しょっちゅう報道する必要がある。そうしないのは否定に過ぎない。 そして、劣化ウランが恐ろしい異常を引き起こす大きな要因となっているということを否定している唯一の人々は、米国と英国の政府にいる者たちだけである。そしてこれらの者たちが、イラクで劣化ウラン兵器を使っているのだ。何と驚くべきことではないだろうか!

けれども、軍縮研究センターのロス・B・ミルカリミは「この地域のまだ生まれていない子供たちが最も高い代償を払うよう求められている。DNAの健全さの代償を」と述べている。これは1992年に発表された報告であり、概ねイラク人に対するものであるので(人々はそう考えた)、ここ米国では問題ではないように思えた。DUの研究をしている西洋の人々でさえ多くそう考えたのである。この事実に目を向けよう。経済制裁による何十万人というイラク人に対するゆっくりとした殺害---その飛び抜けて多くが子供だった---は、アメリカ人の憤激を引き起こさなかった。米国国務長官マドレーヌ・オルブライトは、公の場で犠牲者の人数を突きつけられたとき、その代価は払うに値したと述べている(人種差別 主義が米国の外交政策と国内政策にどれだけ影響しているかについてここ米国でほとんど議論がないことは全く驚くべきことに思われる。けれども、実際のところ、現実に目覚め他の人々と分かち合っている人間性を理解するために、人はしばしば自ら攻撃にさらされなくてはならないようである)。

軍は、劣化ウランや殺虫剤をしみこませた制服、防虫剤、毒ガス、十分な試験をしていない予防注射の怪しい混合が、それぞれだけでもそして重なっても危険でありうることを非常に良く知っている。こうした人々は、必要な3年、6年あるいは20年間、自業自得の結果 を招く前に軍から搾り取り、それから、米国政府全体による有能な助けによって、自分たちの責任を否定できるかどうかという賭けをしているのだ。

私が知っている人の中で、「私はここに自分のDNAの健全性を放棄します」と言う契約にサインした者はいない。けれども、まさにこれこそが彼らがなしたことであるように思われる。二人目の子供が欲しいと私の息子が言ったとき、私は何を彼に言うべきだろうか?

ワシントンDCに10月25日集結しよう。乱暴に怒りを込めて。礼儀正しさなど不要だ。そして、上記のウェブサイト(*)の写 真をpresident@whitehouse.govに送ろう。

* スタン・ゴフは"Hideous Dream: A Soldier's Memoir of the US Invasion of Haiti" (Soft Skull Press, 2000)の著者で、"Full Spectrum Disorder" (Soft Skull Press, 2003)の近刊が予定されている。「今すぐ兵士の帰還を」の調整委員会の委員で、米軍特殊部隊の退役一等曹長、また現役兵士を息子に持っている。「今すぐ兵士の帰還を」のメールはbthn@mfso.org、スタン・ゴフのメールはsherrynstan@igc.org

原文は http://www.counterpunch.org/
和訳は http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/

* 訳者のコメント 反戦兵士の声は、これまで「兵役を拒否した海兵隊員」「イスラエルの兵役拒否者から米国の兵役拒否者への手紙」という兵役を拒否した人の情報を2つ、「米軍兵士の異論」というイラクで軍務についている兵士の声を紹介してきました。(*注* いずれも訳者の益岡さんのウェブサイト http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/ に掲載されています。)

日本では政治家や自衛隊上層部が、自らの犯罪をやらせる兵隊として自衛隊員をイラクに送り込もうとしています。憲法に反して自衛隊が送られようとしてるところはどんなところか、一部メディアが「イラク解放」と宣伝した「解放」がどんなものであるか、そして何よりも、イラクの人々にこうした苦痛を課すことに平然と協力しようとしている政治家たちがどんな人間であるか。また、イラク侵略を止められなかったことが何を意味するのか。この記事でリンクされているページの写 真を見て、そんなことを、また、「経済制裁で50万人から100万人のイラク人(とりわけ子供)が死亡」という情報に含まれる一人一人はどんな生活をしていたのだろうと考えます。

2003年9月25日、パレスチナ系米国人のエドワード・サイードが亡くなりました。色々な人が色々なことを書くでしょう。雑誌の特集号も組まれるでしょう。本屋さんによってはコーナーが設けられるかも知れません。私的なことですが、私は、サイードの著作がとても好きです。 (益岡賢 2003年9月27日)




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[news mail 01 Sep 03]
乗っ取られた北朝鮮政策
平壌 ─ タカ派たちの不合理の犠牲者
アメリカが第二次朝鮮戦争を求める理由



こんにちは、「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。6週間の日本滞在を終え、約2週間前にロンドンに戻ってきました。

北朝鮮の核準備をめぐる6カ国協議が米朝のどちらも席を蹴ることなく、いちおう平穏に終わったことに胸をなでおろしています。時期は発表されませんでしたが、次回に続く展望があったことも大きな前進でしょう。その一方で、日本では北朝鮮をめぐってあいかわらずの報道が続いているのではないかと思うと焦燥感が募ります。もう一度、日朝共同宣言が発表された時点に立ち返り、何が事態をここまでもつれさせた原因かを見つめ直す必要があると思います。日本の多くのメディアがあらゆる機会をとらえて 一 時には誹謗中傷、揶揄さえいとわず 一 喧伝するように、悪いのは一方的に北朝鮮だけなのでしょうか。

昨年9月、小泉首相が平壌にわたり、北朝鮮に拉致の事実を認めさせたうえで日朝共同宣言を発表したとき、小泉政権の誕生以来初めて、わたしは現政権を評価しました。闇雲にブッシュ政権に盲従するかにみえた小泉政権がアジアに目を向け、独自の外交政策に踏み出したかに見えたからです。

が、この期待はまもなく大きな失望に変わりました。拉致された人々や死亡を伝えられた被拉致者の家族への同情から、従来以上の北朝鮮バッシングが日本国内にわき起こることは予想の範囲内でしたが、一時帰国した被拉致者を当初の約束を違えてまで北朝鮮に返さないなどというルールを無視した感情的な行動に、一国の政府が出るとは思いもよらなかったからです。国内的には合意されていたのでしょうが、イギリス(のメディア)には北朝鮮以上に奇矯な、理解しがたい行動と受け取られていました。拉致の事実を(公には認めていなくても)知りながら27年間も放っておいた自民党政権への批判が聞こえて来ないのも奇妙でした。

そして追い打ちをかけるように北朝鮮の核開発への疑惑が次々とワシントン経由で伝えられます。なんという絶妙のタイミング! 勝手なまねをするなと釘を差されたのでしょうか。アメリカの意向を無視して中国と国交を回復し、ロッキード疑惑をリークされた田中元首相を思い出しました。

ブッシュ政権が戦争を求めたら、そこに「まさか」や「よもや」は存在しないことをわたしたちはイラクへの攻撃で知りました。軍需産業によって経済を活性化させようともくろむ人々が、アメリカと同様に日本にも存在することを忘れてはならないと思います。ある人々にとって平時は金にならず戦争は儲かります。たとえば、日本海の警戒強化に伴ってもう特需が発生しています。
(工作船対応で「アルミ船特需」海上警備強化で配備増)
http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200307280312.html
次は防衛網、そしてその次は核ですか? 煽られた脅威に備えて軍備を拡張し福祉を削るアメリカ型の社会に日本が変わる、いまが分かれ道かもしれません。

生活と歴史をめちゃくちゃに破壊され、多くの市民の命を奪われ、何世代にもわたって被害を及ぼす劣化ウラン弾を大量 にばらまかれ、占領軍にこずかれ殺され、いまや内戦さえ始まりそうなイラク。「やる気連合」の一角に名を連ねた日本のひとりとしてどうやって償ったらいいのか、想像するのさえ手に余るのに、今度は同じ事を朝鮮半島で繰り返す手助けさえしているように見えます。いま、イギリスでは、イラク攻撃への理由付に不正があったのではないかとブレア首相が厳しく追及されています。先週末には首相に最も近いとされるキャンベル報道官がとうとう辞任に追い込まれました。アメリカでも同様の疑惑追及が進行しています。北朝鮮の核疑惑をめぐる情報は、イラク攻撃の正当性を主張したと同じ場所から流れ出していることにもっと注意深くなるべきでしょう。

今回のニューズメールは日本とアメリカの北朝鮮外交をめぐる3つの論考の和訳をまとめてお送りします。ジャパンタイムスに掲載されたグレゴリー・クラーク氏の2本の論考とTUP速報の「アメリカが第二次朝鮮戦争を求める理由」です。少々長いので(ここまででも十分長いですね、すみません)お時間のあるときにお読みください。

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乗っ取られた北朝鮮政策 North Korea policy hijacked
グレゴリー・クラーク  By GREGORY CLARK
25 April 2003 The Japan Times
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あくまでも感情的な過剰反応、非合理的な集団思考、後先逆の外交政策で突っ走る東京(日本)のキャパシティは、北朝鮮をめぐって、新たなピークに達した。以前の日本人拉致に関して、その事実を認め謝罪するという、ピョンヤンが注目すべき柔軟性をみせたことが、なぜか、180度回転させられ、その政権を悪魔視するための道具として使われる結果 になった。

その一方、2002年9月、小泉純一郎首相が北朝鮮との間に開けた風穴は、日本の右派にハイジャックされ、逆にその風穴を塞ぐための理由にされてしまった。

この底深い非合理性にいたる長い道のりのはじまりは、前の被拉致者たちの、北朝鮮人である子供たちを日本へ呼べるかどうかの問題からだった。北朝鮮は、父母や祖父母がピョンヤンに来て子供と話し合い、説得するために北朝鮮を訪問してよいという前からの約束を繰り返した。だが日本は、この訪問を許可しなかった。国交正常化のための2002年9月合意でその趣旨の約束をしていたにも関わらずである。

東京の主張の内容は、北朝鮮で教育を受けた、日本語を話せない子供たちを、かれらの意志に関係なく、日本へ来させ住ませるように北朝鮮が強制すべきだという趣旨のものだ。

さらに悪いことにいまでは、この不条理な政策を実行するために厳しい手段をとらなければならないと主張している。その結果 小泉氏の国交正常化の約束は反古にされようとしている。

まともな社会ならどこでも、以前の約束や合意に反するのはもちろん、これほど明らかに常識に反する政策は、ほどなく見直されるものだ。ところが日本では進歩的なメディアやコメンテーターでさえ政府の路線に同調している。被拉致者の一部の人やその家族の中には、日本に留まらされていることを喜んでいない人もいるかもしれないという暗示さえ、無視されるか、カバーアップされている。被拉致者代表団が、東京の歪んだ要求を呑まなかった北朝鮮をテロリスト国家としてリストアップされるようにという趣の要求をもって、アメリカや国連に送られたことは、メディア関係者はほぼ全員、被拉致者とその親族が日本の極右の強い反北朝鮮陣営に厳重にコントロールされていることを知っているにもかかわらず、深刻なニュースとして報道された。

世論を反北朝鮮の方向に固めることには、二つの要因の力があった。一つは、北朝鮮政権の以前の、1970年代からの暴虐に関する大量 のメディア報道だ。これは、その政権に対する一般国民の嫌悪感と日本政府の不可解な操作への支持の強いムードをつくり上げた。

しかしこれに対して、韓国は、北朝鮮の暴虐をはるかによく知り、日本より格段に大きな被害を受けたにもかかわらず、このような感情的な対応をとらなかった。韓国は北の隣人をよくよく知っているからこそ、現在の北朝鮮の自由化ヘ向かう努力を促進し、過去の過ちから軌道修正するようにと、出来る限りのことをしようとしている。この種の現実的な常識路線は日本のエモーショナルなコメンテーターたちの頭上を素通 りしてしまっている。

もう一つの要因は、非常に偶然な(多分あまりにも偶然な)ワシントンの“発見”― 小泉氏が2002年9月の会談から成功裡に帰国しようとしていたまさにその時に、北朝鮮が核兵器能力を開発しようとしているという“発見”―である。

これは、被拉致者問題とあいまって、北朝鮮が好戦的なロケットをガタガタいわせ、日本に対してあらゆる手段で醜い攻撃を仕掛けようとしているというイメージ作りに使われた。(続く)

[原文および和訳の全文はグレゴリー・クラーク氏のHPでお読みください。]
http://www.gregoryclark.net/nkor.html

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平壌 ─ タカ派たちの不合理さの犠牲者
Pyongyang: victim of hawkish irrationality
グレゴリー・クラーク By GREGORY CLARK
4 Aug. 03 The Japan Times
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不合理的、予測不可能、狂気。これらは、最近われわれのメディア・コメンテーターが北朝鮮の指導者金正日をののしって使う形容詞のごく一部だ。だが、日本のタカ派的な内閣官房副長官であり、現在日本の対北朝鮮強硬路線政策の立役者でもある安倍晋三は、いささか違った見方をする。

彼は昨年9月小泉純一郎首相に同行し、平壌における2日間の真剣な交渉に同席した。その後いくつかのテレビ・インタビューで、彼は極めて公然と北朝鮮の指導者はなかなか合理的な人だったと語っている。

安倍氏の政策については、そうはいえない。彼は、9月のこれらの交渉でまとまった、北朝鮮から返された被拉致者が平壌に戻り家族を連れ帰るという取り決めを日本が破るようにさせた。ところが彼は、いかにしてか、被拉致者が未だに家族を連れ戻せないのは完全に北朝鮮のせいだというふうに、自分と日本を納得させることに成功した。

日本では、心がその反対のことを叫んでいる時は、合理的にしなくてもかまわないようだ。相手方を嫌いだという事実だけで、相手に対して何でも好きなことを言っても、やってもかまわない、ということのようだ。日本の外国との紛争について勉強した者から見れば ─ たとえば旧ソ連との領土紛争 ─ この症候群は少しも新しくない。

悲しいかな、これと同じことはアメリカについても言えて、アメリカのいう北朝鮮の“核装備野心”をめぐる紛争にも見られる。アメリカは1994年の北朝鮮との約束 ─ 北朝鮮との関係を正常化し核代替や他のエネルギー開発を支援するという取り決め ─ を破った。アメリカは過去2回(1994年と1998年)、そして今また、北朝鮮の核関連施設を爆破するという意志を示している。

この状況で、北朝鮮はどうすべきか? 1994年の協定がまだ有効だと考えるべきか? おとなしく引き下がって、爆撃を待つべきか?

北朝鮮は、もしアメリカが攻撃的な言を弄することを止めれば、核の話をあきらめる、と約束した。それが、いかにしてか、アメリカのタカ派や強硬派は、話を全て逆転させ、北朝鮮の核開発を止めさせるためには攻撃的な態度が必要である、と言いくるめてしまった。

たしかに、アメリカも含めて、世界が北朝鮮政権を嫌う理由には事欠かない。同政権は自国民に対し卑劣に振舞ってきた。その狂った政策は、経済をだめにした。偉大で親愛なる指導者に対する讃美には、胸が悪くなる。

しかし、大半の共産主義政権と同じで、内政と外交の間に、明らかにギャップがある。最近は、対外政策においては、平壌は、安倍氏でさえ認めることができたように、論理性と首尾一貫性を見せてきた。 (続く)

[原文および和訳の全文はグレゴリー・クラーク氏のHPをご覧ください。]
http://www.gregoryclark.net/j.html

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アメリカが第二次朝鮮戦争を求める理由 The Next Korean War
R・ジェームズ・ウールジー、トーマス・G・マキナニー
By R. JAMES WOOLSEY and THOMAS G. MCINERNEY
4th August 2003 The Wall Street Journal
(TUP速報161号 03年8月19日)
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[訳者のコメント] アメリカのタカ派が対北朝鮮の全面戦争に向けて世論を煽っています。どうしたら平和な世の中を実現できるかを考える際に、戦争を推進する人たちの論理を知ることは重要なので、抄訳にまとめました。(五頭 美知/TUPメンバー)

[アメリカが第二次朝鮮戦争を求める理由]

米政府は先週、北朝鮮が米・中・露・韓・日との6カ国協議に応じることを発表した。これは喜ばしいことだが、金正日総書記はこれまでも国際協議の場でウソをついたことが明らかであり、根本的には何も変わらない。もっと重大なのは、今夏の一連の動き全体だ。

7月初旬、核兵器用プルトニウム抽出のために使用済み核燃料を再処理した時に発生するクリプトン85が検出された。これは寧辺にある既知の施設以外から放出された可能性がある。北朝鮮には何千もの地下施設があり、隠された再処理施設があったとしても驚かない。だが、北朝鮮が核査察官を追放して核拡散防止条約からの脱退を表明して以来、もし寧辺の施設から取り出した使用済み燃料棒8,000本の再処理をひそかに終えたならば、金正日はこれまでに有しているとみられる核兵器1−2個分の原料に加え、さらに数個の兵器製造に十分な原料を得ているかもしれない。

もしクリプトンが寧辺の既知施設から放出されたものだけだとしても、これから数カ月で核兵器数個分のプルトニウムの抽出が終わる可能性はある。北朝鮮政府は、1994年の米朝枠組合意に違反してウラン濃縮計画を進め、4月には兵器用のプルトニウムを自分たちが望む相手(ならず者国家か、それともテロ集団か?)に売ると豪語した。これにより世界がこの問題の対応に与えられた時間は、明らかに数週間か、せいぜい数カ月だ。

このような核物質の輸出は、輸送禁止命令のような政策では止められない。現在北朝鮮の主要輸出品は弾道ミサイルと違法薬物で、そのどちらもが秘密裡に取引されている。ウィリアム・ペリー元国防長官が最近指摘したように、核兵器1個に必要なプルトニウムは、サッカーボール大だ。北朝鮮は輸出する際、外交特権で保護されたような空輸も用いうる。

北朝鮮が明らかに核保有国になる前にこの危機を平和的に解決できる唯一の可能性は、中国が断固として動くことにある。北朝鮮は中国からの燃料や食料に頼っているため、中国は相当な経済的影響力を持つ。実のところ、北朝鮮の政権交代を強固かつ緊急に求める方法は、その中国の影響力を使う以外にないと思われる。

中国をこのように動かすものは何か。北朝鮮の核の脅威が増せば、韓国、日本、そしておそらく台湾は核武装を避けがたくなり、アジアの新たな核保有国が4カ国生まれる危険性がある。また、北朝鮮の長距離弾道ミサイル計画や、核物質をテロリストに売る懸念は、アメリカの直接的な安全保障問題になる。

武力行使を寧辺の施設に対する局地的な攻撃に限定するのは、実情にそぐわない。他の場所にもプルトニウム再処理施設やウラン濃縮施設、さらに秘密のプルトニウムも存在する可能性があるからだ。さらに、韓国の防衛も必要だ(特に非武装地帯北に位 置する北朝鮮砲兵隊からソウルは射程圏内にある)。つまり、われわれは攻撃の準備ではなく、戦争に勝つ準備をしなければならない。米軍と韓国軍は、半世紀近くをかけ準備万端だ。北朝鮮の砲兵隊におびえることはない。北朝鮮の保有する1万1000以上の大砲のうち、約半分がソウルに向けて配備されているが、そのすべてがステルス機や精密誘導兵器に対して脆弱なのだ。(続く)

----------- ウーズリーは、1993−95年にCIA長官を務めた。マキナニーは、退役した空軍中将で、元参謀本部副議長補であり、現在はFOXニュースの軍事解説者を務める。(抄訳 五頭美知/TUP)

[原文] http://www.benadorassociates.com/article/498
[和訳抄訳の全文] http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/162



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[news mail 12 Aug 03]
広島長崎平和宣言
2003 広島平和宣言2003年8月6日
2003 長崎平和宣言2003年8月9日
【報告】8月6日広島・デー抗議行動


こんにちは、「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。一時帰国 中の日本からふたつめのニュースメールを配信します。今年の広島と長崎の平和宣言 の全文です。8月6日そして9日に、きっと目にされ、耳にもされたことと想像しま すが、敗戦記念日を前にもう一度じっくり読んでいただきたいと思ってのことです。

おそらくこのふたつのスピーチは、今年、日本から発信されたもっとも知られたメッ セージになるでしょう。世界中のメディアが取り上げ、何千万人、何億人もの共感を 呼びました。スピーチの中で語られているように、ほんとうに世界中の核保有国の首 脳たちが広島・長崎に集ったらいいのに! 沖縄でサミットができたのだから、広島 や長崎で開催することだって不可能ではないと思います。

そしてもうひとつ、オーストラリア在住の友人から届いたメールのほぼ全文を本人の 許可を得て転載します。彼女は8月6日、メルボルンでの広島抗議デーに参加し、そ の後、ひとりでも行動しました。たとえば日本の人口の半分の人が彼女のように、ま だ核兵器の有効性を信じるひとりの外国人にその非人道性、悪魔性を伝えられたら・ ・・その人たちがまた別のひとりに伝えたら・・・どれだけ大きな力になるでしょ う。

核兵器や被曝の恐ろしさをこれほど徹底的に教える国は日本の他にはどこにもありま せん。「劣化ウランは放射能を出している」と聞いただけで、日本の人なら誰でもす ぐにその悪影響を想像できるのに、基礎知識のない人々はそれができません。もしも あなたが誰かに核兵器の恐ろしさを伝えようと思い、知識や語学力に自信がなくてあ きらめているのなら(わたしがまさにそうでしたが)、日本には、原爆の恐ろしさを 伝える書物や映画や絵本やコミックスが、世界中のどこよりもたくさんのあることを 思い出してください。そうしたものたちが、きっとあなたの行動を助けてくれます。

例えば、丸木俊さんが描かれた絵本『ひろしまのピカ』の英語版が以下のアドレスで 紹介されています。
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0688012973/qid=1055418711/sr=8-1/ref=sr_8_1/103-7637854-4571831?v=glance&s=books&n=507846


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2003 広島平和宣言
2003年(平成15年)8月6日
広島市長 秋葉忠利
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今年もまた、58年前の灼熱(しゃくねつ)地獄を思わせる夏が巡って来ました。被爆 者が訴え続けて来た核兵器や戦争のない世界は遠ざかり、至る所に暗雲が垂れこめて います。今にもそれがきのこ雲に変り、黒い雨が降り出しそうな気配さえあります。

一つには、核兵器をなくすための中心的な国際合意である、核不拡散条約体制が崩壊 の危機に瀕(ひん)しているからです。核兵器先制使用の可能性を明言し、「使える 核兵器」を目指して小型核兵器の研究を再開するなど、「核兵器は神」であることを 奉じる米国の核政策が最大の原因です。

しかし、問題は核兵器だけではありません。国連憲章や日本国憲法さえ存在しないか のような言動が世を覆い、時代は正に戦後から戦前へと大きく舵(かじ)を切ってい るからです。また、米英軍主導のイラク戦争が明らかにしたように、「戦争が平和」 だとの主張があたかも真理であるかのように喧伝(けんでん)されています。しか し、この戦争は、国連査察の継続による平和的解決を望んだ、世界の声をよそに始め られ、罪のない多くの女性や子ども、老人を殺し、自然を破壊し、何十億年も拭(ぬ ぐ)えぬ放射能汚染をもたらしました。開戦の口実だった大量破壊兵器も未(いま) だに見つかっていません。

かつてリンカーン大統領が述べたように「全(すべ)ての人を永遠に騙(だま)すこ とはできません」。そして今こそ、私たちは「暗闇(くらやみ)を消せるのは、暗闇 (くらやみ)ではなく光だ」という真実を見つめ直さなくてはなりません。「力の支 配」は闇(やみ)、「法の支配」が光です。「報復」という闇(やみ)に対して、 「他(ほか)の誰(だれ)にもこんな思いをさせてはならない」という、被爆者たち の決意から生まれた「和解」の精神は、人類の行く手を明るく照らす光です。

その光を掲げて、高齢化の目立つ被爆者は米国のブッシュ大統領に広島を訪れるよう 呼び掛けています。私たちも、ブッシュ大統領、北朝鮮の金総書記をはじめとして、 核兵器保有国のリーダーたちが広島を訪れ核戦争の現実を直視するよう強く求めま す。何をおいても、彼らに核兵器が極悪、非道、国際法違反の武器であることを伝え なくてはならないからです。同時に広島・長崎の実相が世界中により広く伝わり、世 界の大学でさらに多くの「広島・長崎講座」が開設されることを期待します。

また、核不拡散条約体制を強化するために、広島市は世界の平和市長会議の加盟都市 並びに市長に、核兵器廃絶のための緊急行動を提案します。被爆60周年の2005年に ニューヨークで開かれる核不拡散条約再検討会議に世界から多くの都市の代表が集ま り、各国政府代表に、核兵器全廃を目的とする「核兵器禁止条約」締結のための交渉 を、国連で始めるよう積極的に働き掛けるためです。

同時に、世界中の人々、特に政治家、宗教者、学者、作家、ジャーナリスト、教師、 芸術家やスポーツ選手など、影響力を持つリーダーの皆さんに呼び掛けます。いささ かでも戦争や核兵器を容認する言辞は弄(ろう)せず、戦争を起こさせないために、 また絶対悪である核兵器を使わせず廃絶させるために、日常のレベルで祈り、発言 し、行動していこうではありませんか。

また「唯一の被爆国」を標榜(ひょうぼう)する日本政府は、国の内外でそれに伴う 責任を果さなくてはなりません。具体的には、「作らせず、持たせず、使わせない」 を内容とする新・非核三原則を新たな国是とした上で、アジア地域の非核地帯化に誠 心誠意取り組み、「黒い雨降雨地域」や海外に住む被爆者も含めて、世界の全(す べ)ての被爆者への援護を充実させるべきです。

58年目の8月6日、子どもたちの時代までに、核兵器を廃絶し戦争を起こさない世界を 実現するため、新たな決意で努力することを誓い、全(すべ)ての原爆犠牲者の御霊 (みたま)に衷心より哀悼の誠を捧(ささ)げます。

2003年(平成15年)8月6日 広島市長 秋葉忠利

(2003広島平和宣言) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/03abom/8_6/sengen/hsengen.html
(英訳) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/03e/8_6/declaration/hdeclaration.html
(or) http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?SectionID=17&ItemID=4013

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2003 長崎平和宣言
2003年(平成15年)8月9日
長崎市長 伊藤一長
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近代的な建物や家々が立ち並び、緑豊かな現在の長崎のまちからは、あの日の出来事 は想像できません。第二次世界大戦の末期、58年前の8月9日、午前11時2分。 米軍機が投下した一発の原子爆弾は、松山町の上空約500メートルで炸裂しまし た。熱線と爆風、放射線が一瞬にして人とまちを襲い、長崎はこの世の地獄となりま した。死者7万4千人、負傷者7万5千人。死を免れた人々の多くは、身体と心に癒 すことのできない深い傷を負い、今なお原爆後障害や被爆体験のストレスによる健康 障害に苦しみ続けています。私たちは、このような悲惨な体験を繰り返してはならな いと、核兵器廃絶と世界平和を訴え続けてきました。

そのような中で、今年3月、米英両国は、イラクの大量破壊兵器保有を理由に、国連 の決議を得ることなく、先制攻撃による戦争を強行し、兵士のほか、多数の民間人が 犠牲となりました。国際協調による平和的解決を求める私たちの訴えや、世界的な反 戦運動の高まりにもかかわらず、戦争を阻止できなかったことは、無念でなりませ ん。

昨年1月、米国政府は、核兵器を巡る政策・戦略の見直しを行い、小型核兵器などの 開発や核爆発実験の再開を示唆し、場合によっては核兵器の使用も辞さない姿勢をあ らわにしています。一方、インド・パキスタンの核実験に続いて、朝鮮民主主義人民 共和国の核兵器保有発言が、国際社会の緊張を高めています。核軍縮と核兵器拡散防 止、あらゆる核実験禁止などの国際的取り決めは、今や崩壊の危機に瀕しています。

かつて長崎を訪れたマザー・テレサは、原子爆弾によって黒焦げになった少年の写真 を前に、「すべての核保有国の指導者は、ここに来てこの写真を見るべきです」と述 べました。米国をはじめ核保有国の指導者は、今こそ原爆資料館に来て、核兵器がも たらす悲惨な結末を自分の目で見てください。

日本政府は、被爆国の政府として、核兵器廃絶へ向け先頭に立つべきです。日本の軍 事大国化や核武装を懸念する内外の声に対して、専守防衛の理念を守り、非核三原則 の法制化によって日本の真意を示してください。近隣諸国と協力して、朝鮮半島非核 化共同宣言を現実のものとし、日朝平壌宣言の精神に基づき、北東アジア非核兵器地 帯の創設に着手すべきです。

若い世代の皆さん。人類は幸福を追求するために、科学・技術を発達させてきまし た。その使い方を誤ったとき、人類に何がもたらされたのか、長崎・広島で何があっ たのかを学んでください。今世界で起こっていることに目を向け、平和を実現するた めにできることを考え、互いに手を取り合って行動しましょう。

長崎では、高齢に達した被爆者が、懸命に被爆体験を語り続けています。多くの若者 が、積極的に平和のための活動やボランティアに取り組んでいます。長崎市は、これ からも被爆体験を風化させることなく継承し、学び、考える機会を提供します。本年 11月には、平和を願う世界の人々やNGOとともに、2回目の「核兵器廃絶―地球 市民集会ナガサキ」を開催し、2005年に国連で開かれる核不拡散条約再検討会議 に向けて、核兵器廃絶を求める各国市民の声を、長崎から発信します。

被爆58周年にあたり、原爆で亡くなられた方々の苦しみを深く思い、御霊の安らか ならんことを祈りつつ、長崎市民は、核兵器のない真の平和な世界を実現する決意を 宣言します。

2003年(平成15年)8月9日 長崎市長 伊藤一長

(2003長崎平和宣言) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/03abom/8_9/sengen/nsengen.html
(英訳) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/03e/8_9/declaration/ndeclaration.html
(or) http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?SectionID=17&ItemID=4022

************* 2002 広島平和宣言 ***********
(2002広島平和宣言) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/02abom/8_6/sengen/hsengen.html
(英訳) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/02e/8_6/declaration/hdeclaration.html

************** 2002 長崎平和宣言 **************
(2003長崎平和宣言)http://www.chugoku-np.co.jp/abom/02abom/8_9/sengen/nsengen.html
(英訳) http://www.chugoku-np.co.jp/abom/02e/8_9/declaration/ndeclaration.html


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【報告】8月6日広島・デー抗議行動
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6日の広島・デーはメルボルンに出て、米領事館前抗議行動に参加してきました。

Women For Peaceという女性のグループの呼びかけでしたが、平日ということもあ り、そのグループのメンバー(皆、私は初対面 )と思しき人々だけで、ちょっと淋し め(15人位)ではありましたが、時折小雨の降る中、私もラウド・スピーカーで演 説し、歌も二曲歌ってきました。

やっていて強く思ったのですが、アメリカが原爆投下をあんな風に平気で正当化せ ず、その非道さを認め、同じ過ちを犯していなければ、今日私たちはここに来ること もなかったかもしれない、と。今も尚、劣化ウランで同じことを繰り返しているから こそ、私たちは抗議をし続けるのです。

インド系風のリーダーの女性が、日本の人形やら色紙、お花、おもちゃなどを飾り、 お線香(といっても洋風のお香ですが)をたいて、ちょっとした祭壇にして。回りに はバナーや"Little Boy"を模したものまで色々置いてありました。顔もサン・スク リーンで白くし、白いシーツを使ってパフォーマンスもやったそうです。(注 "Little Boy"は広島に投下された原爆の愛称) 

その内、領事館のガードマンが出て来て、領事館の敷地内に置いてあるものを歩道の 方へ移動せよと。さもないと警察を呼ぶぞと。リーダーのリタは「どうぞ、どう ぞ!」で、じき来た二人の警察官にも「歩道へと動かさないと逮捕しなければいけな くなるかも」などと言われても全く動じず。

「ちっこいのが待っている身としては、つかまっちゃ困るんだが」、と思っていた 私。(^_^;)

その二人が呼んだと思しき彼等の上司(の警官)にも彼女は「私たちはこうして平和 的にやっているし〜もうじき終わるし〜」と話して(そのあと2時間はやっていたは ず)ことなきを得ました。

メンバーの中には17年前だか、核廃絶を訴える為にアデレイドまで自転車で行った というお婆さん(当時60歳だったと)も娘と一緒に参加していました。他の人も、 戦争で兄を亡くして国から勲章を貰ったけれども、勲章なんかほしくない!と思い、 その悲しみの中ですぐ反戦に立ち上がったという話をしてくれたり。

オーストラリアのメディケア(健康保険)が改悪されかかっていますが、それもアメ リカを儲けさせる為だとか。すでに都市部の病院などは米資本が入っているそうで す。

彼女たちは10am〜4pmまでやっていたが、私は電車の時間もあり、2時間強参加し た後街へ戻り、首から大きなプラカードを下げたままメルボルンの街を歩きました。

日本食を仕入れようと中国人のやっているスーパーに入ったとき、納品に来たお兄さ んに "Good sign! Very good sign!"(いいプラカードだねぇ!ホントにいいよ!) と言われたので、土曜の長崎・デーのデモに来るようにと誘ったら「なに、土曜?  行くよ!」と。(^_^;)

その後ちょっとお寿司を買おうと寄った手巻きの店では日本人のオーナーと思しき男 性が、「あぁ、今日でしたっけ」と言うので、そこでもまた9日のデモの宣伝をした ら「かぁちゃんが長崎だから・・・」と言うので、「それじゃ、行かなくちゃ!!」 と。

駅に戻る途中、歩道の補修をしていたおじさんがなんとなく見てるので話し掛けた ら、「でも原爆を落とさなかったらどうなってたか?」って言うので、「日本は疲弊 していて外交官はロシアと終戦へ向けて交渉をしていた。が、アメリカはこれを喜ば ず、丁度開発した2種類の原爆の効果を知りたかったから広島、長崎という2ヵ所に 落としたのだ」と話したら、ちょっとびっくりしたようでした。「日本はあくまでも 闘うつもりだったし(軍の上層部はそうだったろうが)、そうなったら両軍と日本市 民の犠牲者数は〜」と原爆投下を正当化する例のお話をそのまま信じていたのでしょ う。

それでも「戦争はよくない」と言う私に、「じゃあ第二次大戦はどうなんだ? ナチ みたいのを放っておいていいのか?」と。そう言いつつ南アに兵士として行ったとい うこのおじさんは「どの戦争にも勝者はいない」と言っていました。

そして、「政治家達が嘘をついているときはそれを見抜き、本当の理由を考えなけれ ば」という私には「本当のことなんて、誰にもわかりはしないだろうよ」と言ったも のの、「何世代にもわたって苦しめ、殺し続ける原爆や劣化ウランなどの兵器を使う ことは許せない」という私の主張には同意してくれました。デモには来てくれそう じゃなかったけど、何かはしっかり伝わった。

そこから駅前の大通りを半分渡って、トラム(路面電車)の停車場付近に立ち、両側 から横断歩道を渡ってくる歩行者にプラカードを見せていました。

立っている内に、広島、長崎をはじめ、アフガン、イラクやその他の地で、「私を殺 さないで!!」と言う間もなく殺されていった人達のことが思われて、目頭が・・・ 思わず『悲惨な戦争』("The Cruel War")を口ずさみ、彼等が叫べなかった分、少 しでも私がこうして声をあげないと、伝えていかないと、と。

ただジロッと見て通り過ぎる人が多い中で、何人かは黙って頷いてくれたり、

"Good on you!"(えらいわ!)と一言言ってくれたおばさんや、

"If there is love, there will be peace."(愛があれば、平和になる)と、耳元で 囁くように言って通り過ぎていったお兄さんなど、反応する人も。

そういうときには、"Come to the rally on Saturday...!!"と叫んで、またデモの宣 伝をする私でした。

そして私のプラカードには、
YES PEACE!
NO MORE
- HIROSHIMA
- NAGASAKI
- WMD of USA と。

千早 May Earth be Filled with Peace and Happiness!


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[news mail 04 Aug 03]
「謎の病気がミズーリ出身兵士を殺す」
「イラクの米軍兵士に謎の病気がつきまとう」


こんにちは、「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。7月初旬 より日本に一時帰国していますが、日本の防衛政策を根底から揺さぶる特措法(イラ ク復興特別措置法)が、ろくな討議もなされぬままに参議院で成立してしまったのに 心底驚いています。この国の議会はどうなってるの?

ともかく現時点では「イラクは安全である」という条件を満たさなければ、どんなに 政府が力こぶを作ったところで派兵できないので、米軍を支援する自衛隊員にとって イラクがいかに危険かを根気よく立証し続けるしかありません。個人的には、安全だ ろうが危険だろうが違法は違法と思っています。また、本来なら、イラクがイラクの 人のための安全な国になるにはどうしたらいいかを模索し、実行すべきと思っている ので、やりたいこととやるべきことの間で自己矛盾を起こしていますがしかたがあり ません。

イラクに駐留する米軍兵士のあいだに「奇病」が発生し、死者も出ています。オース トラリア兵にも同様の症状を訴えるものがいると聞いています。([news mail] 26 June 03 「世代を超えて続くイ ラクの劣化ウラン被害」をご参照ください。)

奇病の原因は劣化ウラン弾の粉塵を吸引した結果の体内被曝と思われ、その数はこれ からますます増え、事態も深刻化することが予想されます。いったいどれだけの死体 を積み上げれば、ペンタゴン(および英国防衛省)は劣化ウランの危険性を認めるの でしょうか。

参議院での質疑の際に川口外務大臣は「劣化ウラン弾による放射能汚染が心配されて いますが」といった論旨の野党議員の質問に対し、「イラクで劣化ウラン弾を使用し たとは聞いておりません」と答えていました。これだけ情報が出回っているのでほん とうに知らないとは思いませんが、日本政府があくまでも米政府の言うとおりに「劣 化ウラン弾の使用はなかった」という前提に立つならば、自衛隊員は劣化ウランの放 射能被曝に対しても携行武器同様「丸腰」で派兵されることになります。放射能を含 んだ粉塵に対する注意もプロテクトもなしに。

自衛隊員やそのご家族、ご友人など、自衛隊に近しいかたがいらっしゃたら、ぜひ、 このメールを転送し、広めてください。今後も劣化ウランを含むイラクの危険につい てのメールを送ります。

今日のニューズメールはTUP速報146号の転載です。TUP速報を配信してもらっている かたには重ねての配信となりますことを、あらかじめお詫びします。

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TUP速報146号03年7月28日号
「謎の病気がミズーリ出身兵士を殺す」より

91年湾岸戦争の後に、「湾岸戦争症候群」という病が帰還兵士やその家族(子ど も)に多発しました。始めて劣化ウランが注目されるようになったのは、その原因物 質として疑われたからでした。しかし米軍はそれを認めていません。

1999年のNATO軍によるコソボ空襲後に、同様の病がイタリア、フランスなど から派遣されたコソボ平和維持部隊(KFOR)から出始め、ガン死する兵士もいた ことで、今度はヨーロッパが震撼しました。それを受けて欧州議会において劣化ウラ ンの使用中止決議が採択されたのです。

イラク戦争でも大量の劣化ウラン兵器が使用されました。その結果何が起きるか。も ちろんイラクの人々に最も重大な影響を与えることは、91年湾岸戦争後に激増した ガンや白血病などで明白なのですが、米軍は依然として「環境や人体に重大な影響は ない」と主張しています。

おそらく最初にクローズアップされる犠牲者は米英軍、あるいは「支援部隊」として 入っている各国の軍隊からでるだろうと予想されます。その一端であるかもしれない 報道が、米国とサウジアラビアから期せずしてほぼ同時に流れました。

二つの記事を抄訳してお伝えします。これが始まりであるとしたら、どこまで悲劇は 繰り返されるのでしょうか。そして自衛隊員も無防備のまま派遣されるのでしょう か。 (山崎 久隆@劣化ウラン研究会/TUP翻訳メンバー)

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謎の病気がミズーリ出身兵士を殺す

ジョシュ・ノイシュは土曜日に死亡;
家族は回答を待っている

エリック・エッカート/ニュースリーダー・スタッフ
2003年7月16日
スプリングフィールド・ニュースリーダー紙
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(原文URL) http://www.informationclearinghouse.info/article4130.htm
(和訳抄訳URL) http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/147

17歳のジェイコブ・ノイシュは、兄の持ち物を整理しながら火曜日の朝を過ごして いた。高校時代のユニフォームや優秀選手賞のジャケット。「ジョシュが埋葬される ときに一緒に入れられるのさ」とユニフォームを見つめて語った。

ミズーリ州軍特技兵ジョシュ・ノイシュ20歳、彼は土曜日にドイツのハンブルグ病 院で謎の病のために死亡した。第203工兵大隊に所属していた彼の死は、国防総省 の死傷者リストで唯一のミズーリ州出身者である。彼の遺体は、木曜に家族と友人た ちが待つ米国に到着する予定だ。

家族たちは検死結果を待っている。そして両親のマークとシンディ・ノイシュは調査 を要求している。

「彼はこれまでずっと健康だったんだ」と、マーク・ノイシュは言う。「なんてこっ た。彼はクロスカントリーの選手だったんだ。健康な男がそんなに急に悪化するわけ がない」

シンディー・ノイシュは、彼女の息子がバグダッドにいた7月2日、急に倒れてドイ ツに緊急空輸されたと語った。

医者はそこで家族に「ジョシュの肺には体液が溜まっており、そのため肺炎で苦しん でいるようだ」と伝えた。けれどその時の彼の肝臓、腎臓、筋肉は、衰弱していたと 母親は語った。

彼女は涙を流しながら「医師たちは、腎臓から体液を排出しようと試みていました。 カリウムレベルが上昇しているので、腎臓透析が必要だと、私たちに言いました」

家族が到着したときには、彼は薬により昏睡状態にあった。悲嘆にくれている両親 は、息子と話をすることはできなかった。しかし両親は、そこに居たことを息子が気 づいていたと信じている。

「私たちは心で、彼が聞いたと感じました」と、シンディが言った。「あなたにも分 かるでしょう。彼につけられた機械。私たちが息子に話しかけたとき、彼の心臓の鼓 動が早くなったんです」

ジョシュ・ノイシュは次の日に死んだ。

医師と家族たちは、今でも奇妙な病気に混乱している。説明がなければならないと、 マーク・ノイシュは言った。

彼は病院の検死結果が原因を究明することを願っている。

「ドイツを離れるときに、彼の体内に何らかの毒素が入ったと医師が言ったことを、 私は知っている」と、マーク・ノイシュは言った。「私たちがそこに居たとき、数人 の兵士が同じような症状を呈していたんだ」

これまでのところ、公式調査が行われる気配はない。

「調査中ではない」と、バージニアから来た米陸軍報道官ジェフ・キーン中佐は言っ た。「私が知る限り、我々はそれ(調査)をするよう求められてはいない」と、米下 院議員アイク・スケルトン(訳注;ミズーリ州選出の民主党下院議員)のスポークス マンであるホウィットニー・フロストが付け加えた。

(抄訳 : 山崎 久隆@劣化ウラン研究会/TUP翻訳メンバー)


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イラクの米軍兵士に謎の病気がつきまとう

NATO・北大西洋条約機構の専門家は
米軍兵士が苦しんでいる謎の病の原因は
劣化ウランにあるとした

イスラムオンラインネット&通信社
2003年7月17日ムバグダッド
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(原文URL) http://www.islam-online.net/English/News/2003-07/17/article03.shtml
(和訳抄訳url) http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/147

いろいろな謎の病気が、バグダッド空港周辺の米軍兵士の間で報告されたと、 NATOに近い軍の情報源が明らかにした。

7月17日付のサウジアラビアのアル−ワタン紙は、匿名の情報源の発言を引用し、 バグダッド空港周辺に配置された米軍兵士の間で、謎の発熱、かゆみ、皮膚にできる 傷と茶褐色の斑点といった症状を見せ始めたと報じた。これらの症状を見せた3人の 兵士が、イラクの病院では治療を施すことができなかったので、ワシントンで薬物療 法を受けるために空輸され、事実を大衆から隠すために、米当局者によって報道管制 が引かれているという。

アメリカ側は、これらの症状と謎の病気は叩きつけるような太陽光線にさらされたこ とが原因であると主張しており、また、米軍部隊はそれに馴れていないと彼は付け足 した。

米軍当局者は、症状に対して説明を思いつかなかった。しかしNATOの専門家は、 バグダッド空港を防衛するために配備された共和国防衛隊に対して使われた、B2爆 撃機の誘導爆弾による強力な放射線に被曝した結果と信じている。

軍情報筋は、米国当局者がこの件を伏せておこうとしているのは、部隊にパニックと 怒りの波が広がるのを怖れてのことであり、米兵が際限なくイラクに残留することが 発表された後では特にそのきらいがあると強調した。

NATOの専門家がイラクの放射性物質による汚染を測定した結果、次の世代にまで 被害をもたらすかもしれない、人間と環境に対し破壊的な影響を与える汚染水準にあ ることを確認したという。

軍の情報提供者によれば、米英軍が使用した劣化ウラン兵器は、91年湾岸戦争の5 倍以上に達すると断言したことを、4月25日付けの英国オブザーバー紙は引用して いる。

(抄訳 : 山崎 久隆@劣化ウラン研究会/TUP翻訳メンバー)

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TUP速報 菅原 秀 Schu Sugawara
電子メール: TUP-Bulletin-owner@egroups.co.jp
TUP速報の申し込みは:  http://www.egroups.co.jp/group/TUP-Bulletin
*問い合わせが膨大な数になっています。返事が書けない場合がありますので、ご容 赦ください。



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[news mail 03 Jul 03] 森住卓のイラクレポート
写真展「Baghdad's Children」のお知らせ
講演会レポート(毎日新聞より)


こんにちは。「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。立て続けのニュース配信をご容赦ください。

「湾岸戦争の子どもたち」を撮影したフォトジャーナリストの森住卓さんが、先頃イラクから戻られました。イラク攻撃開始と同時にバグダッドに行かれて以来、今度の訪問が3回目です。今回の訪問のおもな目的は都市部の劣化ウラン弾被害とツアイサ周辺の放射能汚染のリサーチなどでしたが、イラクから送られたレポートと写 真が森住さんのホームページに掲載されています。その一部を以下にご紹介します。

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森住卓のイラクレポート(一部)
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「From Baghdad」
日本時間 2003/6/12 19:51受信
http://www.morizumi-pj.com/iraq4/01/iraq4_01.html

(前略)住民が持ち出した、ツワイサの核施設はイエローケーキの入っていたドラム缶 は米軍がひとつ3ドルで買い取り回収されてしまった後だった。しかし、イエローケーキを攪拌する機械?のような金属機械が施設の外の運び出され放置されていた。現場は住宅地の広場、器具の内部は黄色いイエローケーキの粉が付着し、1000倍以上の放射線を出していた。 住民は危険性を知らされていない。イエローケーキであることは誰も知らなかった。もちろんサーベメーターなど持っていないので知りようがないのだが。

米軍も放置している。誰も危険なのに片づけない。通りかかった警察に連絡して片づけるようにお願いして置いた。


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「バグダッド近郊の町・マハムディアで劣化ウラン弾を発見!」
日本時間 2003/6/14 22:56受信
http://www.morizumi-pj.com/iraq4/02/iraq4_02.html

バグダッドの街でたくさんの劣化ウラン弾で破壊された戦車を見つけた。どれも住民の生活しているところだ。住民がとても心配していた。しかし、適切な情報が住民に届いてはいない。今のイラクでは誰も教えてくれない。自分で身を守るしかないのだ。とても悲しいことだ。この責任は全てアメリカが追わなければならない。

劣化ウラン弾で出来た穴にサーベメーターを近づけると警告音が鳴りっぱなしになった。周辺は劣化ウラン弾で汚染されているが子どもたちが近くで遊んでいた。住民に近づくと危険だと言っても具体的に何が危険なのか理解できない。

放射能被曝は痛くも痒くもないし、五感で感じ取ることが出来ないから、なお恐ろしい。

(レポートの全文および写真は森住さんのホームページをご覧ください)
http://www.morizumi-pj.com/

また、このレポートの英訳を写真展UKのホームページに掲載しました。日本語話者以外のかたに、ぜひご紹介ください。

(レポート英訳と写真は写真展UKツアーのホームページをご覧ください)
http://www.chimerafilms.co.uk/children6.html

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写真展「Baghdad's Children - 私たちは いま、イラクにいます」

来週月曜日より東京・銀座ニコンサロンにて森住さんの写真展が開催されます。

森住 卓写真展「Baghdad's Children - 私たちは いま、イラクにいます」
7月7日から7月19日(午前10時〜午後7時) 会場:銀座ニコンサロン
(地図) http://www.nikon-image.com/jpn/service/salon/schedule-ginza/2003/index.htm

「昨年秋から戦中、戦後撮った子どもたちの写真です。独裁下と戦争、辛く悲しい現実の中でも家族の愛に囲まれ、友達の中で輝きを失わずに、生きる子どもたちの笑顔と怒りと叫びをきいてください」(森住卓)

また「湾岸戦争の子どもたち」写真展の日本国内での開催日程は「森住卓写真展」のホームページでご確認ください。
http://www2.cc22.ne.jp/~yfukuma/iraq.htm


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講演会レポート(毎日新聞より抜粋)

先頃おこなわれた森住さんの講演の様子を毎日新聞の記者がレポートしていますので、ここに一部を転載します。

石川ニュース - 6月30日(月)
[いしかわ面・記者の目] 森住卓さんのイラク報告を聞いて/石川

イラク戦争で米軍が使用した劣化ウラン弾による健康被害の恐ろしさを訴えているフォトジャーナリストの森住卓さんの講演会「もう一つの核戦争―イラク・湾岸戦争の子どもたち」(核戦争を防止する石川医師の会など主催)が29日、金沢市香林坊の県教育会館で行われた。イラクでの2週間の滞在を終え、今月24日に帰国したばかりの森住さんがこれまで撮影した写 真を見るにつけ、その証言に耳を傾けるにつけ、人間の尊厳を奪い去る核兵器の恐ろしさにうち震える思いだった。 【曽根田和久】

会場中がしんと静まり返った。みんな息をのんでいる。

大きく目を見開き、力なく口を半分開いたままの頭の上半分がない赤ん坊のスライド――。劣化ウラン弾の影響と見られる無脳症で生まれた新生児の姿だ。さらには放射線による被害を受けたとみられる子供たち、また別 の子供は内臓機能が破壊され、水がたまったおなかが信じられないほど大きくなっている。

森住さんは、無脳症の赤ん坊を撮影する時に「この子の写真を撮り、世界中に被害を伝えることで、この子が生まれてきた意味がある」と声をかけられたエピソードを語った。私は現場に立っていないが、写 真を通じてそこにいるようだった。じっとりと手が汗ばみ、怒りも覚える。そして背中には恐怖が張り付いてきた。(続く)

(この記事の全文は毎日新聞のホームページでお読みください)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030630-00000001-mai-l17



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[news mail 02 Jul 03]
住民の安全無視のイラク占領米軍

こんにちは、「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。

以前、news mailでお伝えした放射能に汚染されたイラクの原子力施設ツワイサの続報です。(このニュースをご存じないかたは--[new mail 20 Apr 03] かつてのイラク原子力施設が今やウラニウム汚染地帯に--をご覧ください。)

2週間ほど前から開始されたグリーンピース・インターナショナルによる現地調査の様子がグリーンピース・ジャパンのプレスリリースで報告されています。ツアイサに関する2つのレポートをグリーンピース・ジャパンの許可を得て転載します。
グリーンピース・ジャパンのホームページは http://www.greenpeace.or.jp/
グリーンピース・インターナショナルのホームページは http://www.greenpeace.org/homepage/

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住民の安全無視のイラク占領米軍
グリーンピース調査団、散乱する核物質への無策を告発
(2003年6月26日付プレスリリースより転載)

http://www.greenpeace.or.jp/press/2003/20030626_html?forPrint

【バグダッド、6月24日】 「トゥワイサ- 放射能地獄- 今すぐ行動を!」とバナーを掲げた国際環境保護団体グリーンピースの車列が、白旗をかざしたグリーンピースメンバーの先導のもと、バグダッド南部のトゥワイサ原子力施設の敷地内に駐屯するアメリカ軍基地を訪れ、大きな円柱状のイエローケーキ混合用キャニスター容器を、同施設を警備中のアメリカ軍兵士に手渡した。

小型車位の大きさのこのキャニスター容器は、「イエローケーキ(訳注 / 鉱山から掘り出されたウラン鉱石を精錬した黄色の粉末状のもの)」と呼ばれる高濃度の放射性物質が密封されていた容器で、トゥワイサ原子力施設近くの一般 の広場に放置されていた。米軍はこの核物質の存在に気づいていたにもかかわらず、付近の住民によると20日以上も蓋が開け放しのままそこに放置していたと言う。

「もし同様の事がアメリカやイギリスなど他の国で起ったとしたら、村周辺には放射能や汚染除去の専門家達が押し寄せて、この地域一帯は放射能汚染地域として隔離され、住民は緊急医療部隊による診察を受けているだろう。イラクの人々が国際社会の一員である事を忘れてはならない。現在見捨てられた状況にある彼らの危機的な現状に目を向けなければならない。」(グリーンピース・インターナショナル、マイク・タウンズレー)

イラクで現地調査を開始したグリーンピースの放射能専門家は、イエローケーキや放射能汚染された物体が村に散乱し放置されているのを発見した。これら多くの放射能汚染物は原子力施設から村人が持ち出したもので、家屋の修復および水や食料の貯蔵に使っていたものである。これまでの一週間あまりのグリーンピースの現地調査では、以下のことが発見された。

*放射能汚染された家々のうち1軒からは標準の1万倍の放射能。
*在校生900人を抱える小学校周辺では、標準値の3,000倍にも上る放射能汚染物。
*放射性廃棄物を貯蔵していたドラム缶を家の中に保有している住民。
*近隣の広場に放置された上記のものより小さな放射能物質。
*トゥワイサ原子力施設からの物質に触れてから起ったという数々の異常な疾患の証言。
*村に捨てられている放射能マークが貼られた数々の物体。

グリーンピースの現地調査と本日の行動によって、イラク占領アメリカ軍は、トゥワイサ原子力施設から持ち去られた放射性物質に関する調査、封じ込め、汚染除去作業など緊急対処の必要性にまったく対応できていない事が明らかになった。

占領軍は現在まで、国連の専門家であるIAEAによる徹底的なイラクの放射能汚染状況の記録と汚染除去作業を拒否している。バグダッドのアメリカ当局は、住民の健康を守る責任は自分たちにあるとこれまで幾度も強く主張しているが、地元住民への危険性については否定を繰り返している。

「グリーンピースによる現地調査はまだ8日間しか行われていないが、この調査によって放射能汚染が恐ろしいレベルにまで達していることが明らかになっている。アメリカ軍はIAEAに権限を返還し、IAEAが現地のモニターと汚染除去作業を軍の制約なしに行えるようにしなければならない。アメリカ軍は、ウラニウムは殆ど回収したと信じているかもしれないが、他の放射性物質はどうするのか? 査察官が占領軍の足かせから自由になり、現場に立ち入ることが可能になれば、適切な役割を果 たすことができるだろう」(グリーンピース・インターナショナル、マイク・タウンズレー)

その後の現地での動き:
グリーンピースチームは、キャニスターをもって、アメリカ軍兵士とともにトゥワイサ原子力施設内部に入った。その後、放射能値が標準の1万倍を超えている村の家にアメリカ軍を案内した。

グリーンピースと地域一帯を調査したアメリカ軍の部隊は、グリーンピース調査団の指摘した放射能レベルを追認した。軍は放射能汚染物を回収し、原子力施設へ持ち帰った。同行したアメリカ軍の放射能部隊の指揮官で健康促進予防医療センターのメラソン中佐はグリーンピースに対し、WHO(世界保健機関)とIAEAは直ちに現地入りするべきだと語った。

同時に、IAEAがグリーンピースに語ったところによると、IAEAの査察官は、当初の限定的役目であるトゥワイサ原子力施設のウラニウム目録の作成が完了したので本日イラクを離れる事になっているという。

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グリーンピ―ス、放射能汚染容器を安全な容器と交換
イラク南部トゥワイサ原子力施設周辺住民への 緊急対策を呼びかける
(2003年6月30日付プレスリリースより転載)
http://www.greenpeace.or.jp/press/2003/20030630_html?forPrint

【6月28日、イラク、バグダッド】28日、グリーンピースは、バグダッド郊外のトゥワイサ原子力施設周辺の住民に安全な貯水容器を届け、人々に「イエローケーキ」と呼ばれる放射性物質に汚染された容器と交換するよう呼びかけた。

アメリカ陸軍は、容器1個につき3ドルで引き取ると住民に呼びかけて、放射能汚染された容器の回収を図っているが、住民の多くは未だに容器を保持している。米英軍によるイラク攻撃開始以降、この原子力施設から持ち出された500個の容器のうち150個が未だ行方不明のままになっている。新品の容器の値段は15USドルである。

放射能被害の対象になっている人々は、10年以上もの国際的な経済制裁とフセイン政権の圧政のもと、最も貧しい生活を強いられ続けてきた人々である。グリーンピースは安全な容器との交換を積極的に提供することで、行方不明になったままの残りの容器を回収して、米軍が駐留しているトゥワイサ原子力施設で安全に保管されることを望んでいる。

グリーンピースの放射能調査隊の数名は、トゥワイサ原子力施設近隣地域での活動を続けている。活動の開始からまだ2週間しか経っていないが、すでに恐ろしいほどのレベルの放射能を検知している。以下がグリーンピースの調査によるトゥワイサ原子力施設付近の現状である。

*大型の「イエローケーキ」混合用キャニスター容器が村の一般の広場に放置されていた。中にはまだ4〜5キロのウランが残されているものもあった。グリーンピースの調査団はこの容器を回収して、トワイサ原子力施設内に駐留するアメリカ軍の放射能専門家に届けた。
*放射能に汚染された村の家々のなかには環境値の1万倍の放射能が検出された家もあった。
*在校生900人の小学校付近から環境値の3,000倍の放射能が検出された。
*放射能汚染された容器をまだ自宅に保有している住民がいる。
*別の小さな放射能汚染物質が近隣から発見された。
*放射能マークの貼られた器物が、村のあちこちに投棄されていた。
*トゥワイサ原子力施設からの器物と接触した後、発症したとする異常疾患に関する一貫した証言が後を絶たない。

発見された放射性物質はいずれも通常の核兵器に使用できるものではなかった。

占領軍はイラクの公共衛生に対する責任は自分たちにあると主張しているが、国際原子力機関(IAEA)によるトゥワイサおよびイラク各地の全面 的な健康と環境被害調査を拒否しつづけている。占領軍は健康に対する害はないと強調しているが、それが事実ではないことは明らかである。

「わずかの期間にグリーンピースが収集した証拠からも、放射能汚染がトゥワイサ一帯に広がり、多くの人々がその被害を受けている可能性があることが示唆されている。この問題は深刻に受け止められなければならず、放射能汚染の実際のひろがりと健康被害の状況が詳細に調査されなくてはならない。トゥワイサ原子力施設に駐留しているアメリカ陸軍のメランソン中佐が、グリーンピースが回収し届けた放射能汚染されたキャニスター容器を受け取った際にグリーンピースに語ったように、IAEAに対して全面 的な調査権が委譲され、ツゥワイサ周辺の街や村の汚染除去作業が一刻も早く開始されるべきである。」(グリーンピース放射能専門家リアンヌ・ツゥール博士)

背景情報

1. 6月24日、トゥワイサ原子力施設に駐屯する米軍のメランソン中佐はグリーンピースに対し、「IAEAと世界保健機関(WHO)が状況を調査することが望ましいと思う。以前ブラジルで放射性物質が地域に配布されてしまった時に調査に入ったように、早ければ早いほうがいい。」と語った。

2. バグダッドの南に位置するトゥワイサの原子力施設は、バグダッドが陥落してイラクが米英軍の占領下に入った際、適切な安全確保がなされなかった。それに比べ、石油パイプラインと石油省の建物は占領後直ちに保護された。また、戦闘終結直後、大英博物館職員は、以前盗難されたとする美術工芸品を回収にやって来た。IAEAの査察官がイラクに復帰を許された2ヶ月も前のことである。

3. アメリカ軍は村々の放射能調査を行った。健康調査は数日後に開始されることになっている。地域住民や現場の警護に当たっている兵士への健康への危険性は全くない』とアメリカの大量 破壊兵器調査団のミッキー・フリーランドは語った。」と、6月6日付けワシントンポスト紙は報じている。

4. トゥワイサ原子力施設には通常核兵器に使われるものは残っていなかった。 そうした物質は湾岸戦争以降、IAEAによって除去されている。

詳しくは、グリーンピースイラク調査団のメンバー2人によるWeb上のイラク調査日記をご覧下さい。
(英文) http://weblog.greenpeace.org/iraq/

お問い合わせ:グリーンピース・ジャパン
東京都新宿区西新宿8-13-11NFビル2F
電話 03-5338-9800 FAX 03-5338-9817


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[news mail 01 Jul 03]
邪魔な奴は撃ち殺すしかない - 占領軍兵士の実態



こんにちは。「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。

以下はロンドンのタブロイド紙イブニング・スタンダード6月19日号に掲載された米軍兵士のインタビューです。答える兵士たちの話の内容は、「戦争は終わった」という公式発表とも「平和維持」という現在のかれらの任務とも、あまりにもかけ離れた現在のイラクの姿をありのままに伝えています。米軍に立ち向かうイラク市民はけっして「テロリスト」ではなく「占領に対するレジスタンス」であるというのがわたしの認識です。自衛隊はここでいったい何をするのでしょう。

記事は6月23日に配信されたTUP速報116号の和訳でお送りします。
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TUP速報116 号03 年6月23 日
邪魔な奴は撃ち殺すしかない 占領軍兵士の実態


イラクで反米感情が高まっています。ブッシュ大統領の勝利宣言後、2月近くたっても、イラク人によるデモとそれを取り締まる米兵の間で血なまぐさい事件が後を絶ちません。イラクで何が起きているのか、アメリカ本土でも、疑問が高まっています。このインタビューは、現場の米兵側の生の声を伝える貴重な記事です。(丸田由紀子 / TUP)

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「邪魔な奴は、撃ち殺すしかない」 −占領軍兵士の実態
2003年6月19日 ボブ・グラハム
英イブニング・スタンダード紙

占領下のイラクで何が起こっているのか。ジョージ・ブッシュが勝利を宣言してから7週間、またイラクで米兵が殺され、占領軍運営の人道的支援組織が襲撃された。「戦後」の米軍死者は、50名近くに達するという。

本紙が敢行したバクダッド占領軍のインタビューでは、歓迎されない占領地の暑熱の中であせりと怒りをつのらせる米兵達が、民間人の無差別 殺害、負傷した敵側戦闘員の見殺しまたは殺害という驚くべき事実を告白した。これら米兵は、一見したところ、共通 の目的のため団結したハリウッド風の勇敢で正直な兵隊達のようにみえる。しかし、彼らの告白の内容は、米英の政治家や将軍連が恐れるイラク解放のベトナム化を予言する不吉なものだ。ベトナム戦争では、米兵達のふるまいが、ベトナム人の憎しみをかきたてた。

第3・第15歩兵師団ブラボー中隊のジョン・メドウズ一等軍曹(34)は、「誰が殺意を持っているか、誰がそうでないかなんて、区別 できっこない」と、市民を装った敵側戦闘員とともに、何百人もの罪のない民間人の殺害を発生させた心理状態を告白する。

彼の所属するブラボー中隊は、どうしようもない状況に陥っている。ブッシュ大統領が軍事行動終了宣言をした5月1日以来、40人以上もの仲間が殺され、ゲリラ襲撃の数も上昇する一方なのだ。兵士達は、憤慨した住民と、彼らの背後に隠れた、旧政権にまだ忠誠心を抱くゲリラに取り囲まれている。なかでも、「ザ・ハンター」というあだ名で呼ばれるゲリラは、今週で、もう6人目の米兵を殺したいう。

このゲリラは、特別共和国親衛隊の前隊員といわれ、一部イラク人の間で熱狂的な崇拝の的となっている。「ザ・ハンターは、一人でイラクのために戦っているんだ。彼を止めることなんてできないから、もっとアメリカ人が殺される。みんながハンターをかくまい、彼が決行する襲撃には、家を使わせてやるだろう」と、バクダッド市民、アサド・アル・アマリは語る。

このような敵意に満ちた雰囲気のなかで、ブラボー中隊の兵士達は、秩序を維持すると同時に、住民の心をつかまなければならないのだ。これは、解決できそうもないジレンマである。本紙のインタビューは、バクダッド郊外ファルージャの基地で行われた。ここは、戦後まもなく、サダム支持のデモで米兵が18人ものイラク人を殺し、住民が復讐を誓っている地域なのだ。

マイケル・リチャードソン特技兵(伍長・22)は、このような危険に対する隊員の態度を、次のように要約する。「軍服を着ていない人間を撃つことにジレンマなんてなかった。俺は、ためらいなく引き金を引いたよ。それは、すぐそこで起き、差し迫ったことだったんだ。そこにいる奴らは、軍服を着ていようがいまいが、敵だったんだ。撃った相手は、軍服の奴もいたし、そうでない奴もいた」

アンソニー・カスティーロ特技兵は、「そこには民間人達がいたが、俺達は、なすべきことをした。彼らは、間違った場所にいたんだ。だから、敵とみなされたんだ」と付けくわえる。バクダッド南端の主要高速道路のインターセクションで起きた大戦闘では、400名ぐらいの敵側戦闘員の70パーセントが民間人の服装をしていたという。

メドウズ軍曹は、「戦闘は、8時間も続き、奴らは、あらゆる所から、あらゆる方向から、一日中たえまなく襲ってきた。奴らは、みんな平服だった」と説明する。

「我々は、数日前に空からビラをまいておいた。戦いたくなければ、その地域を退去するよう警告するビラだ。だから、基本的に、そこにいた奴らは、みな戦闘員さ。タンクの前に立ちはだかったり、タンクに向けて車を走らせるような馬鹿なことをする奴らは、戦うためにそこにいたのさ。あの日、誰を撃つか撃たないかなんてジレンマは消えた。そこにいる奴らは、みんな戦闘員とみなした」

リチャードソン伍長は、「あの日は、訓練で教えられたようなことは何も起こらなかった。女も戦っていた。俺達が前進すると、奴らは、武器を放棄して、降参しようとした。ある者は撃たれ、死んだふりをした。そして、俺達が近づくと、武器に手を伸ばしやがった。あの日は、何でもありだったよ。女だろうと負傷者だろうと、武器をつかもうとする奴らは、やっつけるだけだ。それしかないんだ」(続く)
(抄訳 丸田由紀子 / TUP)

(原文URL)
US troops 'shoot civilians' http://www.thisislondon.com/news/articles/5401680?source=Evening%20Standard
'I just pulled the trigger' http://www.thisislondon.com/news/articles/5402104
(和訳URL)
http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/111
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
TUP速報 萩谷 良 hagitani ryo
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*問い合わせが膨大な数になっています。返事が書けない場合がありますので、ご容赦ください。


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[news mail 25 June 03]
世代を超えて続くイラクの劣化ウラン被害


今回のイラク攻撃で米英軍によって使用された劣化ウラン兵器は500トンとも2000トンとも言われていますが、確かな使用量 もどこで使われたかも明らかにされていません。コソボでも、またアフガニスタンでも使われたと言われています。(アフガニスタンで使用されたのは別 のウラニウム兵器の可能性もあります。)

ペンタゴンは劣化ウランがもたらす被害について口を閉ざすどころか、公式の会見を設けて「まったく安全である」と宣言しています。が、こうした公式発表に正面 から異議を唱え、その危険性を説いてまわる人物がいます。国防総省劣化ウランプロジェクトの責任者だったダグラス・ロッキー氏です。

氏の来歴については2番目のアルジャジーラの記事に詳しく出ているので、そちらをお読みください。かれは現在、「湾岸戦争の子どもたち」写 真展オーストラリア他の招きで、オーストラリアを講演旅行中です。写真展をサポートする千早さんよりメルボルン滞在中の氏についてのレポートが届きましたので、筆者の許可を得て転載します。

氏の講演についてはシドニー・モーニング・ヘラルド紙の記事をお読みください。イラクの人々ばかりでなく、米軍およびオーストラリア軍の兵士にも、もうウラニウム障害の兆候が現れていると語られています。症状の現れている人の治療はもちろん、これ以上被害を広げないために汚染地域、汚染車輌等の除染作業が急がれます。これは、水や電気設備の再建と並んで、もっとも早く手をつけなければならないイラク復興の仕事のひとつですが、日本がやるべき復興支援にもっともふさわしく思われます。何をするにせよ、もし充分な防御なしに自衛隊がイラクに派遣されることになれば、かれらも安全ではありません。

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1) 「Dr. Doug Rokkeのオーストラリア・ツアー」 by 千早@メルボルン
[参考] Troops show uranium sickness signs, claims expert AAP June 23 2003 Sydney Morning Herald
(記事は以下のURLにアクセスしてお読みください。)
http://www.smh.com.au/articles/2003/06/23/1056220529069.html

2)世代を超えて続く、イラクの劣化ウラン被害
Depleted uranium will affect Iraq for generations to come
2003年4月15日 アル・ジャジーラの番組より
(TUP速報96号03年5月28日号)

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1)「Dr. Doug Rokkeのオーストラリア・ツアー」by 千早@メルボルン
Date: Thu, 26 Jun


湾岸戦争、アフガニスタン、こないだのイラク侵略戦争等々で山と使われたDU = depleted uranium(劣化ウラン)の悲惨さを伝えに、元米軍軍医のダグラス(ダグ)・ロッキー氏が今オーストラリアをツアー中で、私も昨夜のメルボルンでのミーティングに泊りがけで行ってきました。

TVのニュースで見た印象では(話題が話題だけに)とても沈鬱で堅苦しそうな感じだったのですが、お会いしてみたらとても気さくで快活、陽気な方でした。

話の概要はネット上で読んで知ってはおりましたが、それをご本人の口から聞く重さと哀しさはひとしおでした。 ツアーをアレンジしたブリスベンの女性に依ると「夜9時までには床に入りたい」ということでしたが、昨夜のミーティングは7pm始まりで、終わったのは9pm近く。そのあとにラジオのインタビューも控えていたので多少昼寝をされたと、付き添っているヴィクトリア・ピース・ネットワーク(VPN)のおじさんに聞きました。

バック・パッカーで一夜を明かしてからVPNのオフィスに寄ってみたらなんとダグがいて、「昨夜は君も(ラジオ局に)来るんだとばっかり思ってたのに、どこへ消えちゃったのさ!?」と。

暖房もない超寒いオフィスの中で(今朝は3℃だったと。どおりで寒かった!)PCに向かってご自分宛てのメール・チェックをなさりつつ、電話でダーウィンのラジオ局からのインタビューと、メルボルンのコミュニティー・テレビ局のインタビューを意欲的にこなされていました。

息子さんの寝室に弾丸を撃ち込まれたり、色々なデータ共々コンピューターを盗まれたり、危険な目に遭ってこられたそうですが、そういうことは問われるまでは一切語らず。

そういう状況下でも、ひるむことなく告発を続けるその勇気と決意には畏敬の念を覚えます。

「ありがとう!」と言われる度に"I'm just finishing my job!"と笑っておっしゃっていましたが、それは要するに「湾岸戦争のときに友軍の誤爆を受けた米軍車両の除染作業を命じられた、その任務を続行して遂行しているに過ぎないのさ」ということなのです。上手なスピーチに不可欠な、ユーモアのセンスも充分お持ちでした。

「ボクがこっち(オーストラリア)に来た途端に(米軍幹部が)『ダグラス・ロッキーは健康です』って声明を出したそうだけど、またもや嘘っぱちだね。こっちの医者にデータを見せたら『とんでもない!』って。でも地球の反対側までボクを追っかけて気にしてるってことは、(講演の)効果 があるという証明だよ」

「VPNが、平和運動の活動家たちが、『軍人の医療の面倒をちゃんと見ろ』って要求してくれているんだ。ありがたいね」

「そのときのことは単語みっつで言い表せる。オー・マイ・ゴッド!さ」

「(除染)作業を開始して1、2日の内にみんな工合が悪くなった。9ヶ月たった頃には癌患者が出、1、2年の内には死亡者までが出始めた。親友も死んだ。軍という機構の中で、体がおかしくなった連中の面 倒をもっと真面目にみてもらおうと何年も頑張ったけど、みんな嘘をつき続け、“劣化ウランの恐怖”という事実の隠蔽に躍起だった」

「DUの榴散弾(砲弾の破片)が体に入ったままの連中も、そのまま放っておかれたんだ。放っておいたらどうなるかを知る為さ。そうやってじきに榴散弾の回りには腫瘍が出来たんだ」

「これは神に対し、また人道上のひどい犯罪さ」

「榴散弾だって見た目はきれいで珍しいから子供たちなんか喜んで拾って遊ぶだろ。その結果 どうなるか。子供たちがどんな悪いことをしたって言うんだい? そんな悲惨な目に遭うに見合うことなんか何にもしちゃいないんだぜ!」

「いくら言っても何もやってもらえない上に、自分の尿にも大量のウランが検出されていることを2年以上も隠されたことがわかった後、1997年の5月に、もう限界だと感じて事実を公にすることに決めたんだ」

「それまでは、やれ昇進だなんだとみんなボクを大事にしてくれていたのに、いざ告発を始めたら掌を返したようだった」

「米軍兵士達にもたくさん先天性異常の赤ん坊は生まれたよ。でもみんな口を開いたら健康保険を切られてしまう。だから誰一人真実を話そうとはしないのさ」

「(ウランで)汚染された人間を治療して直すことなんて出来ないんだ。単に、症状をなんとか安定させること位 しか出来ないんだ」

「(軍や政府を)訴える? アメリカの軍人は(法律で決まっていて)国を訴えたりは出来ないんだ」

「ああクシニッチ? 誰が大統領になろうとおんなじさ。グリーン? みんな(米国政府というものを)わかってないね。第一(この一連のことに)ブッシュなんて関係ないのさ。みんな20年以上も常勤の連中が決めていることさ」

「クリントンなんかもっとひどかったぜ。ゴアが大統領になっていたら、イラク侵略も2年は早かったはずだ。アフガンだって(9・11の)ずっと前に(攻めることが)決まっていたんだ」

国際刑事裁判所も批准しないアメリカ政府、ベルギーにも圧力をかけて、自分達を訴えられない様にしてしまったアメリカ政府云々という現実を踏まえ、どうやったらこの事態を変えていけるのかという私の質問に、

「政府の責任っていったって、みんなそれぞれ個人がやっていることさ。イラクの市民を撃ち殺したのだって、パレスチナ人を撃ち殺したのだって、なんだって。だからそういう人間を一人一人訴えて裁いていかなくちゃ」

「どうやって? こうして一人でも多くの人に真実を知ってもらって、広めてもらうことを続けていくことからやらなくちゃね」

TV局のインタビューの最後にも繰り返し、

「汚染された地域を全部除染してきちんと処理をし、軍人民間人を問わず、被爆した人間全員の医療面 をカバーすることを(アメリカ政府・軍に対し)要求します」とおっしゃって締めくくっておられました。

彼のこの真摯な努力(というにはあまりに重いが)を、私達も最大限に活かしていかねばなりません。何年かかろうとも。 (by 千早)

[参考]
Troops show uranium sickness signs, claims expert AAP June 23 2003 Sydney Morning Herald
(記事は以下のURLにアクセスしてお読みください。)
http://www.smh.com.au/articles/2003/06/23/1056220529069.html


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2) 世代を超えて続く、イラクの劣化ウラン被害
(TUP速報96号 03年5月28日)


アルジャジーラは4月15日に、米国の軍人ダグラス・ロッキー氏のインタビューを流しました。

米軍により劣化ウランの使用が公表されたのは3月25日ですが、その後今に至るも使用した場所、量 、攻撃目標については公式発表は何もありません。しかしロッキー氏はインタビューの中で、劣化ウランを使った場合、何が起きるかを詳細に語っています。

それにさかのぼる3月14日、国防総省は劣化ウランだけの記者会見をわざわざペンタゴンで開きます。この中では、劣化ウランが人体や環境に影響はなく、かつ極めて有効な兵器なのだと強調し、この兵器に反対し、廃絶を主張するものはテロリストやイラクなど米国に敵対するものだけだと言ってのけました。

劣化ウラン兵器の「宣戦布告」は、このときに行われたのです。 ロッキー氏はそれに対して、米国が「敵」とみなすアルジャジーラに出演し、劣化ウラン兵器の恐ろしさを語りました。以下はその抄訳です。原文はアルジャジーラの英語版サイトに掲載されています。(山崎久隆/TUP翻訳メンバー)

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世代を超えて続く、イラクの劣化ウラン被害
Depleted uranium will affect Iraq for generations to come
2003年4月15日水曜日アル・ジャジーラの番組より


原文URL:
http://english.aljazeera.net/topics/article.asp?cu_no=1&item_no=2565&version=1&template_id=273&parent_id=258

アルジャジーラは4月15日放送で、ゲストに国防総省劣化ウランプロジェクトの責任者ダグラス・ロッキー氏を招いた。

49年にイリノイ州で生まれたロッキー氏は、67年に米空軍に入隊、B52のパイロットとして69年から71年までベトナム戦争に従軍した。原子物理学の博士号を持っており、96年まで米国陸軍で軍医として、また原子物理学の専門家として働いていた。

91年の湾岸戦争に従軍した際、サウジアラビアとクウェートで劣化ウランの除染作業を命じられ、91年3月から6月まで、戦場から汚染された機器を回収して一部を米国に送り返したほか、残りの機器をサウジアラビアの砂漠に埋棄処分する作業の監督をしている。

94年8月1日から95年11月までは、国防総省で劣化ウラン計画の最高責任者に任命され、一方で、2000年までアラバマ州ジャクソン大学で原子物理学教授を勤めている。

ロッキー氏は、91年の湾岸戦争が始まって1週間目から劣化ウランの影響を受け、それに気がついたのは95年3月だったと言う。検査で彼の身体から平均の5000倍もの放射能が検出されている。「小さな村なら全体を照らすことができる」と彼は皮肉を込めて言う。彼は呼吸器と免疫系と片方の目に疾患をかかえて苦しんでおり、またこのウラン症候群のために15回もの肝臓外科手術を受けたという。

司会者(アーメド・マンスール):1991年湾岸戦争、1994年、1995年、1999年バルカン戦争、2000年アフガニスタン戦争で、米国による劣化ウラン使用が確認されています。米国による劣化ウランの使用は標的をすべて破壊するだけでなく、被害を受けた地域の環境と一般 市民の生活をも破壊します。こうした地域は長い間、居住に適さない場所になってしまいます。 多くの人々が、米国が使用を計画している劣化ウランを含む兵器についてもっと理解し、知ろうとしています。近年行われ劣化ウラン使用の危険性を確認したすべての研究・調査にもかかわらず、国防総省は、再びイラクで劣化ウラン弾を使う予定であると発表しました。この発表をあなたはどう思われますか?

ロッキー氏:話は非常に単純です。ウラン兵器は、接触するすべての人を殺し、すべてを破壊します。91年湾岸戦争の時に、いやそれ以前にすでに、国防総省は戦闘に非常に有効な兵器を使うことに決めていました。91年の湾岸戦争の終了後に、ウラン汚染を除染せよと私が特別 に命じられた際に、私はメモを受け取りました。これはニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所の大佐によって書かれたロスアラモスメモです。そのメモに彼はこう書いています。「我々は健康と環境に影響があることを知っているが、劣化ウラン兵器は極めて有効であり、常に戦闘で使用可能にしておかなければならない。従って、戦闘におけるウラン兵器使用の健康と環境への影響について真実を語ることのないように」

司会者:国防総省劣化ウラン計画の前最高責任者であるあなたにお尋ねしますが、劣化ウランを使った場合の、生物と人間に対する一般 的な危険は何ですか?

ロッキー氏:我々がまず理解しなければならないのは、エイブラムス戦車が発射するウラン弾は、その一つ一つが、プルトニウム、ネプツニウムとアメリシウムで汚染された10ポンドの固体ウランであるということです。着弾時に、微細なウラン微粉末が生成されます。これは最初の質量 のおよそ2分の1になります。4500グラムの劣化ウランならば、およそ2300グラムないし2200グラムが微粉末となって外部に生じます。それらは吸入によって体内に入り込みます。そして、金属毒性と放射線被曝によってあらゆる深刻な人体影響が引き起こされます。

司会者:劣化ウランの犠牲者の1人として、自らが汚染されたときに感じた徴候を話してください。

ロッキー氏:我々が気付いた最も重要な影響は呼吸器の問題でした。呼吸器障害はまるで気管支炎の悪化症状のようでした。呼吸困難に陥り、そして呼吸器系へのあらゆる重大な影響に気付き始めました。私たち全員が直後に苦しんだもう一つの健康影響は、ひどい発疹でした。私たちが今日に至るまでまだ苦しんでいる発疹はおそらく、重金属毒性によるものでしょう。まるで1リットルもの有毒な重金属を食べたようなものです。 私たちが呼吸器の問題に加えて受けた最も大きい問題は、8〜9カ月以内に我々のチームのメンバーに発症したガンです。2年以内に、ガン患者がどんどん増え、みんな亡くなっていきました。米国国防総省によって故意にウラン弾の破片を体内に打ち込まれたことが確認できた人達の、その埋め込まれた破片の周囲で腫瘍が発生しました。公表された研究では、ウラン弾丸の破片あるいは組織に埋め込まれたウランがガンを引き起こすことは証明されています。私たちはウランが使われ、生産され、処理されたところを見ました。米国のあらゆる場所で。

司会者:けれども、国防総省で退役軍人への医療提供に責任があるマイケル・キルパトリックは3月14日の記者会見で、1991年の湾岸戦争から現在まで90人の汚染された退役軍人を追跡調査している研究では、ガンであるか否かにかかわらず彼らが病気で苦しんでいる兆候はないことが証明されたと言いました。あなたはこれについてどのように主張しますか?

ロッキー氏:キルパトリック博士は世界に嘘をつきました。それはとても単純なことです。最初に彼は90人が影響を与えられたと述べました。私は影響を受けた人を100人以上知っていますし、除染作業中に確実に被曝した人を250人知っています。

司会者:国防総省のあなたの同僚はなぜ嘘をついたのですか、そして誰の利益 のためにそうしたのでしょう?

ロッキー氏:彼らが嘘をつく理由は、イラク、サウジアラビア、クウェート、バルカンそして米国のすべての場所でウラン兵器を故意に使用したことに対する責任を回避するためです。再度言いますが、戦争の目的は殺すことであり、破壊することです。ウラン兵器はまさしく破壊的です。

司会者:2003年2月3日に英国の退役軍人協会当局者が、91年から今日までに560人の英国軍人が湾岸戦争症候群のために死亡し、5000人が治療を受けていると言いました。障害を受けた米軍人の統計をご存じでしょうか?

ロッキー氏:はい。退役軍人援護局は2002年9月に報告を発表しました。その報告によると湾岸戦争退役軍人のうち公式に湾岸戦争症候群の影響によって回復不能の障害を受けたのは160000人以上、さらに8000人以上が死亡したことを認めています。追加の統計によって今日確実に証明されるところでは、イラクは有毒地帯です。(続く)
(抄訳:山崎久隆/TUP・田中久美子/劣化ウラン研究会)

和訳全文: http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/89
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[news mail 19 Jun 03]
英公式調査で「2台のトレーラー」もシロ


イラク攻撃の最大の理由とされていた大量破壊兵器(WMD)の脅威が、実は英米の政権によるでっちあげではなかったかのかと、英米双方の議会やメディアが大揺れに揺れています。

それに対して、ブッシュ大統領もブレア首相も「これこそWMDの確たる証拠!」と胸を張っていたのが、「移動式細菌兵器製造ラボ」と呼ばれていたトレーラーなのですが・・・日曜日発行の英オブザーバー紙は以下(TUPの和訳記事をご覧ください)のように報道しました。

これを受けて、今週から始まったイギリス議会での証人喚問はブレア追求にがぜんターボがかかっています。特に、元閣僚の2名の労働党議員、ロビン・クックとクレア・ショートの証言内容が、内幕を知る立場にあったふたりだけに注目を集めています。

にもかかわらず、問題追及の核心とも言える「移動式細菌兵器製造ラボ」についての新事実の報道が、日本の主要メディアに見当たりません。伝聞によれば、著しいもの(最大手某日刊紙)では、オブザーバー紙の報道があったあとも、ワシントン発の情報として疑惑のトレーラー報道がなされていたようです。(公式の調査の前でしたが、同様の内容のイラク人科学者の証言がイギリスでは2週間前に報道されていました。)

単に情報収集に問題があるのか、疑惑のままにしておきたい理由があるのか・・・。

そんなわけで、この事実をいち早くお知らせする必要を感じました。国会議員のかたがたは、会期を40日延長して「イラク復興支援特別 措置法案」を是が非でも通したい小泉首相への質問に、ぜひこの一項目を加えていただきたく思います。


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TUP速報 113号 03年6月19日
英政府筋調査で「2台のトレーラー」もシロ! 


米軍がイラクで見つけ、CIAが「移動式生物兵器製造施設と確認」したはずの例の2台のトレーラーは、イギリス政府筋の公式調査により「砲撃用気象観測気球の水素製造装置」と断定されました。もとはといえば、イギリスの会社が売りつけたものだそうです。ブッシュもブレアも、えらく力んだのにね
星川 淳(TUP)

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「イラクの移動式施設は細菌兵器とは無関係――報告により判明」
ピーター・ビューモント+アントニー・バーネット+ゲイビー・ヒンスリフ
6月15日(日) 英オブザーバー紙


(和訳URL) http://www.egroups.co.jp/message/TUP-Bulletin/107  

2台のトレーラーを調べたイギリスの公式調査チームは、ブレア首相とブッシュ大統領が主張したような移動式細菌兵器製造施設ではなく、イラク側が当初から説明していたとおり、砲撃用の気象観測気球に充填する水素製造装置であると断定した。イギリス政府所属の生物兵器専門家がこのような結論を下したことは、トレーラーの発見をイラクによる大量 破壊兵器保有の確証、およびフセイン打倒戦争の根拠と力説したブレアには手痛い打撃。  

イラク現地でトレーラーを調べたイギリスの科学者と生物兵器専門家は、「あんなもので細菌兵器など作れない。見かけからして違う。イラク側が言うとおりの気球用水素製造装置だ」と語った。  

先週、大量破壊兵器が見つからないことへの批判をかわすのに、このトレーラーを強調したブレアは、苦しい立場に追い込まれるだろう。今週は、イラク戦争前後に閣僚を辞任したロビン・クックとクレア・ショートが下院の外交問題特別 委員会で証言に立つ。ブレアは喚問拒否の構えだが、ストロー外相は来週、新証拠を提出の予定。  

イギリス当局にとって、移動式施設が砲撃用気球の水素製造装置だった事実は決まりの悪いものだろう。もともとイラク陸軍にこの装置を売りつけたのは、イギリスの軍需企業マルコーニ・コマンド&コントロールだからだ。(抄訳:星川 淳/TUP翻訳チーム)

(原文URL) http://www.observer.co.uk/international/story/0,6903,977853,00.html
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[news mail 30 May 03]
米英軍は500トン以上の劣化ウラン弾を投下した


こんにちは。「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。

匿名の米軍大佐へのインタビューではありますが、今回のイラク攻撃で使用された劣化ウラン弾の投下量 が500トン以上にのぼることがわかりました。91年の湾岸戦争時に使用された劣化ウラン弾は米軍の公式発表によれば320トンですから、今回はそれをはるかに上回る劣化ウラン弾が投下された事になります。

以下の翻訳記事は「イラク戦争劣化ウラン情報(「アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局」発行)」5月22日号よりの抜粋です。上記メール速報を購読していらっしゃる方、およびOPEN JAPAN 他のML経由で同記事を受け取られた方にはには重複しての配信となりますことをあらかじめお詫びします。

[転送転載歓迎]
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イラク戦争劣化ウラン情報 No.1 2003年5月22日号より抜粋
500トンのDU(劣化ウラン)がイラクで使われたと米軍大佐が認める
U.S. Colonel Admits 500 Tons of D.U. Were Used in Iraq
ジェイ・シャフト By Jay Shaft
5 May 2003  Coalition For Free Thought In Media
http://www.scoop.co.nz/mason/stories/HL0305/S00050.htm

3回にわたるインタビューで、米軍特殊作戦司令部のある一人の大佐が、米国と英国はイラクに500トンの劣化ウラン弾を撃ち込んだと認めました。

彼はまた、BLU-113 貫通体をもつ 5000 ポンドの GBU-28 バンカーバスター爆弾は弾頭に劣化ウランが含まれていると私に教えてくれました。今まで、私の知る限りでは、GBU-28 の弾頭をつくるために使用される素材は、秘密のベールで覆われたままでした。

彼はまた、非公式にはペンタゴンは何年も前から劣化ウランの健康への危険を認識していた、ということを認めました。

彼は、明らかに明白な安全上の理由で、また価値ある情報源を維持するためにも、名前を伏せたままにするように求めました。(私は、彼を情報源としてキープしておくために、彼の身元を用心して守るつもりであるということをお断りしておきます。)

私は、彼の身元を確認し、彼の情報が大部分正確だということを確認しました。いくつかの事柄は、ある種の武器が極秘分類になっているために確認できませんでした。

次に示したのは、私が彼に行なった質疑の写しです。彼のことは、U.S.C.と表記します。

J.S.(ジェイ・シャフト): 私は、あなたが米軍の大佐だと理解していますが、それでよろしいのでしょうか?

U.S.C.: その通りだ。私は、中央司令部付属の米軍特殊作戦司令部に勤務している。私の仕事は、標的の座標をプロットし、その標的を破壊する最善の方法は何かを決定することだ。 私には、私の自由になる大きなアナリストのネットワークがあって、それでそれぞれの標的を分析して、どんな武器がそれを最もよく破壊するかを明らかにするんだ。

J.S. : あなたは、どれくらいの量の劣化ウラン(DU)がイラクで使用されたか、またどんなタイプの砲弾が使われたか、知っていますか?

U.S.C.: ああ、私は、少なくとも500トンのDU弾が連合軍によって使用されたのを知っている。また、多くの都市がDU弾でひどく攻撃されたことも知っている。

J.S. : 500トンだって? 本当に確かなんですか?

U.S.C.: ああ、たいがい間違いないよ、そのことについては。私が知っているのは500トンを少し上回ったぐらいだったということだが、そうしたかったら最も近い百の位 に切り上げてもいい。(くすくす笑い)

J.S. : 都市については? あなたがたは、よく考えた上で都市にDUを使ったんですか?

J.S.C.: はっきり言おう、我々は、都市や人口密集地でDUを使うことを避けるようなことは、何ひとつしなかった。私は、わかっていてDUバンカーバスターをいくつも選択した。高い貫通 力をもっているからね。私は、いくつもの標的に、もっぱらDU兵器を使った。それらの標的に最大限の打撃を与えるのを確かなものにするためにね。誰だって、標的を中途半端に破壊したくはないだろう、最大限の打撃を与えたいだろう。

J.S. : ちょっと待って。私は、バンカーバスターがDUだということは知らなかった。あなたはどうしてそれを知っているんですか? 私は、それが本当かどうか確かめなければいけない。

J.S.C.: そうだ、バンカーバスターの詳細はトップシークレットだった。まあ、がんばって確かめてもらえばいい。あなたの質問に答えるために、一つ質問をしよう。バンカーバスターが、鉄で強化されたバンカーをどうして貫通 できると思うかね。弾頭の中にDUがなければ、地下にある標的を貫通することなどできないだろう。

J.S. : なるほど、要点はよくわかりました。では、どのバンカーバスターにDU弾頭があるのか教えてくれませんか?

U.S.C.: うーん...(長い休止)。一つについては教えようと思うが、そこまでだ。BLU-113 貫通体をもつ 5000 ポンドの GBU-28(誘導爆弾ユニット)は、DU弾頭を装着して投下することができる。DU弾頭だけではなく、在来型の非DU弾頭とともに使われる。 もしテレビを見ていて爆弾が命中するのを見たとすれば、それがDUかどうかを見分ける簡単な方法がある。 爆発したところの大気中で2次的な小さな白い炎が燃えているのが見えたら、それはDUが燃えているんだ。DUは白っぽいオレンジ色の炎を上げて燃える。ほとんど花火が燃えているみたいに見える。

J.S. : 他にどんなバンカーバスターがDU弾頭を使っているんですか?

U.S.C.: それに答えようとは思わないね。もうたくさんしゃべり過ぎたぐらいだ。次の質問は!

J.S. : 500トンのDUに戻りますが、国防総省/ペンタゴンは、故意に民間エリアをターゲットにしたんですか? それから、もしそうだとしたら何故でしょうか?

U.S.C.: それはもう既に答えた。しかし、これは言っておこう、ほとんどの主要都市とその周辺にはイラクの装甲車輛がたくさんあったんだ。我々の方の戦車や車輛は、敵の車輛を破壊するためにDU貫通 砲弾を使う。我々にわかっていることは、バグダッドとその周辺で100トン以上のDU砲弾が使われたということだ。しかし北部の諸都市やバスラあたりでは、もっと大きな戦闘が行なわれた。我々は、イラクで20,000台以上のいろんなタイプの車輛を破壊した。そしてバグダッドの繁華街の建物を砲撃しさえした。DUでね。

J.S. : ペンタゴンは、そういうことが起こっていたということを知っていたんでしょ? 何故それを止めようとしなかったんですか? だって、DUの健康への危険からしても、我々がイラクを解放しているんだということからしても、そうでしょう?

U.S.C.: イラクにある軍用車輛を一つ残らず完全に破壊したかったんだ。我々の車輛が、もうダメになっている車輛や既に砲撃を受けた車輛にまでさらに砲撃を加えているのをあなたたちが見たのは、そのためだよ。私は、20以上も穴があいた車輛の写 真をたくさん見たよ。その目的は、どんな戦闘部隊がどうやったってその車輛を使うことはおよそできないというように、確実にそうすることだった。我々は、イラク軍を殱滅して二度と戦うことができないように確実にしたかったんだ。その目的は十分に達成したと思うよ。我々が望んでいた以上だった、あれほど短い時間でね。 これには莫大な量の砲弾が必要だった。大部分はDUを先端に付けた 25mm、30mm、125mm(訳注;実際には120mm)の貫通 砲弾だ。

J.S. : DUに関係した健康への危険についてはどうなんですか? あるいは、あなたは健康への危険があることを否定しますか?

U.S.C.: 私に健康への危険について言明させるつもりなのか、え?

J.S. : もしあなたにそのつもりがあるのなら、ペンタゴン内でのDUについての隠された見解がどういうものか、私は確かめたい。

U.S.C.: うーん...(長い休止、それに続いてひどい罰当たりな言葉)...。よし、わかった。あんたに汚いものをあげよう、それをあんたが捜し求めているというなら。ペンタゴンはDUに関係した健康への大きな危険があることを知っているよ。我々自身のテスト射爆場をモニターして、いろんな施設をつくったころから知っているよ。 イラクには高度汚染地域と指定された場所があった。我々が現地に軍部隊を配置する以前にだよ。バスラ、ジャリバー、タリルの周辺地域、南部砂漠の大部分、その他さまざまなホットスポットが、戦争前に、汚染地域と指定されていたんだ。クウェート国境沿いの南部砂漠地域の中には、綿密な調査とテストで、特に放射性が強いエリアがあった。 サウジアラビアにある我々のテスト射爆場のひとつは、正常な自然の放射線レベルの1000倍以上を示しているんだ。我々は、米国内にも極度に汚染されている射爆場をもっている。そこは地獄だよ、80年代以来ずっとね。だが公にはいまだかつて何も言われたことがない。「尋ねるな、教えるな」は、同性愛だけじゃなくて、このことにも当てはまるんだ、とても重くね。 これまでに一度、DU砲弾にさらされる兵士はMOP(化学保護服)をフル装備すべきだという説が展開されたのを知っている。だけど、それは実際的でないということで、二度とオープンに議論されることはなかった。

J.S. : ということは、ペンタゴンはDUが有害だということを知っているという話しは、真実なんですね?

U.S.C.: そうだ。80年代に現役だったハイレベルの指揮官の大部分がそれについて知っているということは疑いない。

J.S. : それじゃ、あなたは、自分の部下をDUにさらしたという事実をどう感じていますか?

U.S.C.: くっそぉー!! 私の仕事について、あんたに何がわかるというんだ? 私は、与えられた標的を破壊するためにしなければならないことをしたまでだ。DUを使う必要があれば、標的分析レポートにそう書いた。私は実際に自分で砲弾を発射するわけじゃない、遠く離れたオフィスで仕事しているんだ。

J.S. : ということは、あなたはDUにさらされることを決して心配する必要がない、そうでしょう? とても勇敢なことで。

U.S.C.: (たくさんの罰当たりな言葉。)このインタビューはこれでおしまいだ。(さらに罰当たりな言葉。続いて電話をたたきつける音。)

私は、3回目のインタビューを最後までやりとげることは全くできませんでしたが、この大佐から得たことはとても強烈で印象的なものでした。

彼が自分でも認めているように、DUの危険性がわかっていて、イラクの主要都市でそれが使われたのです。私たちの自国軍部隊は、高度に汚染された地域にさらされ続けています。何の警告もなしに、また兵士たちを防護する試みもなしに。

数百トンのDUが主要な人口密集地に使用されました。イラクのすべての軍事車輛と軍事施設を完全に破壊するようにという命令に軍部隊が従うことによって。これは、高度に人口が密集した地域でDUが使用された最初です。

国全体が再び汚染されました。そこで生きていく未来の世代のことを全く考慮することなしに。チグリス川は、その地域で栽培されるすべての農作物を灌漑しています。そして大部分の家畜は、この川から引かれた水とこの川で灌漑された農作物で育てられます。 さらにどれだけの数の赤ん坊が、異常出産で生まれてくるのでしょうか? 

さらにどれだけ多くの子どもたちが、生産的な生活を送ることができる年齢になる前に、癌になり死んでいくのでしょうか?

何千人もの人々が、最初の湾岸戦争で使用されたDUによって影響を受けています。イラクでの癌の発生率に関する数値は、湾岸戦争以来、癌とそれに関連した疾病が300〜500%増加したことを示しました。今度は、主要な人口密集地域が高度に汚染されました。イラクの人々の将来の健康に対する何の考慮もなしに。

私たちは、この行為の代償がどんなものになるかを確かめるには、ただ待つしかありません。それは、きっと非常に高いものにつくでしょう。そして、おびただしい数のさらなる苦しみと死を、結果 としてもたらすでしょう。

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米軍大佐の件 / 私がその記事を書き、たっぷり誹謗中傷を受け取った!
U.S. Colonel/ I wrote the article, enough slander!
ジェイ・シャフト CFTM編集者
BY Jay Shaft / editor CFTM Fri May 9, 2003
http://groups.yahoo.com/group/du-watch/message/1854

(上記の記事について交わされた激しい議論を受けて筆者がアメリカのYahoo!の「du−watch」というメーリング・リストで上記記事を紹介するに当たっての意味や決意を語った。)

今では、たぶん我々はこの記事について議論することができるでしょう、実際公表されたのだから。私がこの記事の筆者です。私が米軍大佐のインタビューをしました。それ以来ずっと、私は敵意あるメールを投げつけられてきました。 このインタビューをしてから、私は数人の他の高官とも話しましたが、彼らもDU(劣化ウラン)がバンカーバスターの弾頭に使われていることを確認しました。私はこの記事を公表することで大きなリスクを負い、そのために悩まされています。私は、このインタビューをしたときには、このことから始まるであろうクソミソな事態を理解していませんでした。

正直なところ、私はDUについてインタビューしようとしていたのではありません。民間人の犠牲者についてインタビューをしていて、その最初のインタビューの後にDUの話題が出てきたのです。最後のインタビューをするのに1時間以上かかりました。でも私はそれを使う予定ではありませんでした。私がこれを公表しようと確信したのは、多くのジャーナリストがこれを使う勇気をもたなかったためです。

私は、バンカーバスターが目標に当たっているビデオを見ました。あなたがたもバグダッドでのいくつもの爆撃の後で焼夷性の火災が見えたでしょう。私は、DUが目標に命中したときに見えるような、ちょうどそんな燃え方をしているのを見ました。私はそれを最初の湾岸戦争のときに見ましたから、どんなふうに見えるかわかっています。

もしも私のインタビューに関して何か問題がある人がいるなら、私に言ってください。私は、いわゆる「専門家たち」によって大声でわめきまくられましたが、しかし、D.I.Sによって公表しないようにと警告された後、これを公表することにしました。

DUを禁止しようという目標を、私が台無しにしているという敵意あるメールを受け取るのには、飽き飽きしています。私は、このことが、ペンタゴンと政府以外のだれかの目論みにどのような打撃を与えるのか、全くわかりません。 議論は怒れるままにしておきましょう。私は、できうる限り自分自身を擁護して主張するつもりです。
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なお、ジェイ・シャフト氏から翻訳と掲載の承諾を得ています。 氏が公表している記事はYahoo!Egroup
http://groups.yahoo.com/group/coalitionforfreethoughtinmedia/ で見ることができます。
また、氏への質問、問い合わせはfreethoughtinmedia@yahoo.comにお願いします。


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[news mail 28 May 03] レべッカ・ソルニット、暗い時代の希望を語る


こんにちは。「湾岸戦争の子どもたち」写真展UKツアーの藤澤みどりです。以下に続く長いテキストは「平和のための翻訳家連合TUP」が本日付けで配信したTUP速報96号「レベッカ・ソルニット、暗い時代の希望を語る」です。全部で15000字近くあります。充分な時間を作って、ゆっくりお読みいただければ幸いです。(このページには前半部を掲載しました。続きはTUPグループMLでお読み下さい)

このテキストの終わり近くの一節を以下に引用します。

「世界が救命ボートであると想像しよう。企業と政権が舟底を叩き割っていて、そのペースたるや、私たちが水を掻いだし、あるいは穴を塞ぐのと同じぐらい(あるいはもっと)速いとしよう。それでも、穴を空ける人がいれば、水を掻いだす人もいると、気を留めていることが大切なのだ。そして、過去形の文章で嘆き節を綴るよりも、現在形で物語を書きとめることが大切なのだ。そうすることがボートを浮かせておく努力の一端なのだ。さらに言えば、ボートが沈没すれば、私たち皆が溺れてしまう。だから、水を掻いだそう。ボートを漕ごう。」(この一節は後半部に含まれるため、このページには掲載されていません)

TUP速報の配信を受け取っている方には重ねての配信になりますことをあらかじめお詫びいたします。

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Date: Wed, 28 May 2003
Subject:[TUP-ML] TUP速報96号03年5月28日 
レべッカ・ソルニット、暗い時代の希望を語る

目と耳を新聞とテレビに釘付けにした、慌ただしい戦争報道もすでに過去のものになりました。新たな世界秩序、あるいは混沌の第二幕が開けようとしている今、平和を希求する闘いの現場からの声に静かに耳を傾けたいと思っていたところ、Eメール速報でひとつのメッセージが届きました。 この平和直接行動のメッセージを運んでくれた速報サイト、トムディスパッチの精力的な編集長トム・エンゲルハートの紹介文も、含蓄に富み、魅力的な内容に満ちていて、また、記事と著者についての要を得た簡潔な解説になっているので、合わせて掲載しておきました。(TUP/井上 利男)

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『レべッカ・ソルニット、暗い時代の希望を語る』 【トム・ディスパッチ・サイト原文】
http://www.nationinstitute.org/tomdispatch/index.mhtml?emx=x&pid=677
<トムディスパッチ編集者トム・エンゲルハートによる序文 2003年5月19日>

前触れもなく、誰かがあなたの人生に入り込んでしまうのがどのようなものか、あなたもご存知だろう。時に、原稿が書籍編集者に同じように舞い込んでくる。読者には、時に、どこからか声が聞こえてくる。

最近、そのようなことが私の身に起こった。それは、希望についてのエッセイに包まれて届いた、レべッカ・ソルニットの声だった。希望とその帰結について、と言ってもいいだろう。そこには、私が言いたかった(が、どういうわけか、言えなかった)ことすべてが含まれているように思えた――あるいはむしろ、私たち皆が聞く必要があったが、聞かなかったように私が感じた言葉すべてが表現されていた。

「直接行動は街角の店へ出かけるようなものではない。暗闇への跳躍なのだ」と、ソルニットは書く。まさしくそうだ。そして、歴史は「天候のように移ろい、チェスの動きには似ていない。チェスのゲームには終りがある。天候には終りがない」と、彼女は続ける。ゲームの結末はごく単純だと、彼女が語を継いでいたとしてもおかしくはない。得点を計算し、勝ち負けを決め、チェス盤を片づけ、別 の用事に取りかかる。現時点のような歴史の境目にあって、得点を計算し、片づけ、家に帰ってしまえば、大間違いを犯していることになる。

アメリカの第2次イラク戦争の終結を受けて、反戦運動の多くはこのような間違いを犯した。それでも、私は彼らを責めない。 あれほどの人々がデモ行進をした。あれほどの反対表明があった。だが、戦争になり、現在の世論調査結果 だ! それに引き換え、華麗な筆致はさておいても、ソルニットのこの一編がかくも美しいのは、まるでゲームでもしているかのように勝敗を数え上げるのは止めようと、彼女が私たちに望んでいる点にある。彼女は、私たちのたった今の時代と私たちの世界の暗さ(不透明さ)を認めることを、また同時に、勝敗が問題なのではなく、勝敗は知りようもないことを理解して欲しいと私たちに願っている。決して知りようもないし、現実として知りようもない。その上で彼女が私たちに望んでいるのは、賭けてみること、暗闇の中へ跳躍してみること、すなわち希望に賭けることなのだ。彼女がそのように望むしかないのは、はっきり言って、私たちは自らの行動の帰結を知ることができないからであり、彼女をその要点を優雅に示している。

ウエブログ管理者の喜びを、私は感じる。この度は、著者と掲載誌のご厚意のおかげで、未知の人の予期せぬ 来訪を私はあなたがたと分かち合うことができる。(環境、反核)活動家であるソルニットは、作家でもあり、最近の著書に『陰影なす河――イードウエアド・マイブリッジとテクノロジカル・ワイルド・ウエスト(River of Shadows: Eadweard Muybridge and the Technological Wild West)』がある。目下、私は彼女が書いた、『未開人の夢――アメリカ西部の景観戦争への旅(Savage Dreams: A Journey into the Landscape Wars of the American West)』という、もっと初期の本を読んでいて、これは、言うなればハルマゲドンのアメリカ流本番前リハーサル、すなわち、1950年代から90年代にかけて、ネバダ砂漠の最初は大気圏で、後には地下で、アメリカ政府が実施してきた(そして、ブッシュ政権が再開したがっている)一連の核実験についての名著である。

ソルニットは『オリオン』のコラムニストでもある。これは創刊以来21年目の環境雑誌であり、その編集方針を、「勃興しつつあるオルターナティブな世界観を」探求し、「拡大するエコロジー意識と文化変革の必要性についての情報に基づき、道理に従い、賢明に、巧みに、地球の上で生きていく方法についての、思慮深く、創造的な思想と実践例を集める公論の場を提供する」と謳っている。自社サイトに『希望の行動』をすでに掲載しているオリオンと、ソルシットとは、私が当作品を掲載することを一致して許可してくれた。これは重要な作品である。どうか読んで欲しい。そして広く配布し、分かち合って欲しい。(署名)トム

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『希望に基づく行動――世界のステージで、帝国に挑戦する』
レべッカ・ソルニット

『期待するということ』

何十万規模の大量殺戮、毒ガス、塹壕に生命を潜め、それを口の開いた墓所として死ぬ 兵たち、戦車、有刺鉄線、機関銃――近代的意味で恐ろしい最初の戦争、第一次世界大戦勃発後の足掛け8ヶ月たった1915年1月18日、バージニア・ウルフは、「未来は暗い。暗いことこそ、全体的に考えて、未来としては最善である、と私は思う」と日記に書いた。「暗い」という言葉を、彼女は「不透明」の意味で用いたのであり、「恐ろしい」という意味ではないように思える。未来は想像不可能なので、人々が感知する世界の終末はすぐそこにある。ソ連が存在せず、インターネットが存在する世界を、20年前に誰が思い描いただろうか? 「期待する」と口にする時、願い事が実現するという意味でこの言葉を用いるが、なぜ望むのかと問うことも肝要なはずだ。私たちは道義に基づいて望む。戦術的、戦略的に、私たちは望む。未来は暗いので、私たちは望む。望みを持つ方が、生き方として力強く、楽しいので、私たちは望む。絶望は、次に来るものは分かりきっているという推定の上に成り立つ。 だが、カナダ政府が北方の広大な土地を先住民族に返還し、あるいは投獄されていたネルソン・マンデラが解放後の南アフリカの大統領になるとは、20年前に誰が想像できただろうか?

21年前のこの6月、100万の人々が核兵器凍結を要求してセントラル・パークに集まった。要求は貫徹できなかった。 運動参加者の大方は、数年のうちに目標を達成し、家庭に戻れるだろうと信じていた。多くは失意のうちに、あるいは燃え尽きて、家に帰った。だが、10年もたたないうちに、ヨーロッパの反核運動と、それがゴルバチョフに与えた弾みのおかげで、大規模な核兵器削減交渉が始まった。その後、この問題は視野から外れ、達成されたものも多くは失われてしまった。アメリカは包括的核実験禁止条約を未だかつて批准せず、ブッシュ政権は、1991年に中断された本格的な核実験の再開、核兵器製造の再興、保有量 の拡大、そしておそらくは禁令を破棄して核兵器使用を目論んでいる。

いついかなる時でも、家に帰るのは早すぎる。結果を計算するのも早すぎる。かつて私は、1963年のアメリカ初の大規模な反核兵器運動であり、母乳と乳幼児の歯に放射性降下物が検出されるまでに至った大気中核実験を終結に追い込むという重要な勝利に貢献した『平和のための女たちのストライキ』に参加した女性の逸話を読んだ。彼女が語るには、ある朝、ホワイトハウスのケネディに対する抗議行動で、雨の中に突っ立っていて、なんとも馬鹿で無駄 なことをしているんだろうと感じていた。何年か後に、彼女は聞いた――そのころ、この問題に取り組んだ活動家としては最も知名度が高かったベンジャミン・スポックが、ホワイトハウスへの抗議行動で女たちの小グループが雨の中に立っているのを目撃したことが、自分にとってのターニング・ポイントだったと発言したのである。女たちが情熱を傾けているからには、自分もこの問題についてじっくり考えなければならないとスポックは考えたのである。

『終りのない変化』

多くの活動家は、あらゆる行動に対して、それと同等の力が逆方向に間を置かずに働く反作用があり、反作用がなければ、失敗であると考える。結局、多くの場合、活動とは反作用なのだ。ブッシュがイラク侵略を決定し、私たちは、7つの大陸で同じ週末に、1000万ないし3000万の人々がデモ行進する地球規模の反戦運動を組織する。だが、歴史はうねりと夢の共有とで創り出されるものであり、個々の行動と瞬間状況とは、それを目に見える形にしているに過ぎない。歴史は、原因と結果 の単純なバランス関係よりも、複雑に入り組んだ景観なのだ。政治は表層であり、その転換は、目に見える行動が原因になるだけではなく、集団的想像力の深層での広範な変化を原因として生じる。もっとも、変革の条件として、行動と想像力の両者とも必要である。また、時には大きな原因が小さな結果 しか生まず、時には小さな原因が大きな結果を生む。

何年か前、科学者たちが、初期条件が同じなら、やがて同じ気象状態が出現するだろうと仮定して、長期天気予報の開発を企てた。結局、初期条件がまったく同じでも、検知さえも不能であり、データとして想定すらもできない、ごく微少な変異が、完全に異なった様相の天候に帰結することが判明した。有名な譬えを使って結論を言えば、北京での蝶々の羽ばたきによる空気の揺らめきが、ワシントンの天気を変えてしまう。

歴史は天候のように移ろい、チェスの動きには似ていない。チェスのゲームには終りがある。天候は終わることなく移り変わる。だから、なにごとも保つことなんてできようもない。保つと言えば、間違った言葉遣いである。イエスは救い、銀行は蓄える。イエスと銀行とは、諸行無常の浮世の移ろいから、大切なものを別 の場所に移しておく。私たちはクジラの絶滅を防いだかもしれないが、クジラを救うことはできない。クジラが絶滅しない限り、絶滅を絶え間なく防ぐしかないだろう。蓄えは、シミや汚れが損なわない場所にしまい込んでおくことを意味するのであり、この類に似た救世の追求が、たぶん、アメリカ人が危機に手早く対応し、さっさと家に帰り、別 の危機を迎える理由であろう。問題が家に帰ってくれることは稀だ。大多数の国々が絶滅危惧種クジラの捕獲を禁じているが、別 の次元ではクジラの海は危うくされている。DDTはアメリカでは禁じられたが、第三世界へは輸出され、モンサントは次なる非道に手を伸ばす。(訳注:本節文中の、保つ、救う、蓄えるの原語は、すべて"save")

世界は良い場所になる。また、悪い場所にもなる。これに取り組むためには、まさしく生涯の時間をかけなければならない。幸運であれば、生涯の長さを知るよしもない。未来は暗い。夜のようだ。確立と可能性はあるが、保証はない。

アダム・ホックシールドが指摘するように、奴隷制度を最初にイギリスのクェーカー教徒たちが問題にした時から、アメリカとヨーロッパで廃止されるまで、75年もかかった。かつては不可能であるとしか考えられなかったことが、振り返ってみれば、突然、必然であったと思われるようになった時には、当初に課題に取り組んだ人で、結果 を目撃したのは、いたとしても、ほんの僅かだった。予期せぬ結果が法則化して、期待を呼び、奴隷制度廃止運動が初期の幅広い女性の権利運動に火を点け、それが、同じ程度の長い時間をかけて、アメリカ女性に選挙権を保証し、その後の83年間で、はるかに多くを獲得したが、今でも、完了したとは決して言えない。直接行動は街角の店へ出かけるようなものではない。それは暗闇への跳躍なのだ。

稀なケースを除き、行動が直接的である必要はないと、作家たちは理解している。あなたは本を書く。あなたは種を蒔く。種はネズミに食べられるか、あるいは腐ってしまう。カリフォルニアに生育するある植物の種は、山火事に遭って初めて発芽するので、何十年も休眠状態にある。シャロン・サルツバーグは、著書『信仰』において、仏教僧ウ・パンディタの教えを書物にまとめた経緯を詳述し、その仕事を「小乗(マイナーな善行)の類」と規定している。ずっと後になって、ビルマ独裁政権による自宅軟禁下にあって孤立していた民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チーにとって、その本と、それに書かれた瞑想法とが、「あの極めて困難な歳月、彼女の精神的支えの主要な柱になった」ことを、著者は知った。エミリー・ディキンソン、ウォルト・ホィットマン、それにアーサー・ランボオは、ヘンリー・デーヴィッド・ソーローのように、死のずっと後になって、往時のベストセラー作家たちの墓が草に埋もれたずっと後になって、最大の影響力を発揮した。ソーローの影響を受けたガンジーの非暴力は、インドと同じくアメリカ南部でも重要であったし、その最新版であるマーティン・ルーサー・キングは世界の市民不服従運動に影響を与えている。ガンジーとキングの暗殺から何十年もたっている今でも、彼らは私たちと共にある。

4月7日早暁に、カリフォルニア州オークランドの港で、数百名の平和活動家たちが結集し、イラクへ武器を搬出する事業所のゲートを封鎖した。港湾労働者組合はピケ破りはしないと約束した。暴動鎮圧用に重装備した警官隊が到着し、道理も、警告もなしに、活動家グループに対して木製弾とビーズバッグ(お手玉 )弾を撃ち始めた。報道陣3人、港湾労働者9人、活動家50人が傷害を受けた。私は、何人かの若い男たちの背中にグループフルーツ半分の大きさの血まみれのミミズ腫れを見た。彼らは背後から撃たれたのだ。華奢なヨーガ教師の顎には卵大の腫れができていた。このように語れば、暴力が勝利したのだ。

だが、暴力が港湾労働者組合を発奮させ、反戦活動家たちとのより緊密な協調関係を促し、地域問題と世界問題との関係を浮き彫りにしたのである。5月12日になって、私たちは再びピケを張った。今度は、港湾労働者たちは運動参加者たちと連帯して行動し、誰の記憶でも前代未聞のことだが、事業者たちは交替制勤務を停止した。このように語れば、物語の進展に伴って、私たちは強くなっていった。

さらにもう一つ、第3の語り口がある。ピケは多くのコンテナ・トレーラーを立ち往生させた。 ドライバーの中には苛立つ者もいた。戦争は人道的な営みであると心から信じているドライバーもいた。それでも、ドライバーの何人かは、とりわけ、さんぜんと輝く朝日を浴びて立っていた南アジア系のドライバーたちは、私たちのことをたいしたものだと考えていた。ピケが破られた後、ひとりの移民ドライバーがクラクションを鳴らして支持を表明し、路肩にトレーラーを寄せて、車の装飾用にピースマークが欲しいと申し入れた。私が前に出て、車のクロム鍍金グリルにゴムロープで留められるように、ピースマークに穴を空けた。私たちは少し話し、握手して、彼は運転席に乗り込んだ。彼はゲートで追い返された。反戦トラック野郎の配達を受け入れなかったのである。次に私が彼は見かけた時、警官隊の背後で、独りぼっちで縁石に腰掛けていて、愉快そうであり、恐いもの知らずの様子だった。この職を賭けた男の自発的な勇気の結果 が最終的にどうなったか、誰が知りえようか?

『新しい時代の平和運動の勝利』

反戦行動とブッシュ政権の間に、一般に広く認められる因果関係を期待するのは、失望のお膳立てをするようなものだった。だが、ひょっとすると? 私たちが答えを知りうることはなさそうだ。それでも、ブッシュ政権がバグダッドへの『衝撃と畏怖』集中爆撃案を退けたのは、世界世論と市民の不安という代償が余りにも高くつくことを、私たちが明確にしたからであるようだ。何百万人の私たちが、数千、ことによると数十万の生命を救ったかもしれない。

●2月15日の世界の平和運動を伝える報道は、過少もはなはだしかった。バルセロナでの100万人デモ行進は素敵だった。だが、ノースカロライナ州チャペルヒルで、何千人規模のデモがあり、ニューメキシコ州ラスベガスという小さな町で、150人の人々が平和の祈り集会を夜を徹して開き、ボリビアからタイにいたるまで、もっと小さな村々で住民たちが反戦の意志を表明したと、私は聞いた。

●社会集団を代表しない、主流を外れた群に過ぎないと、活動家たちが見なされることが多いが、昨年の秋、メディアで何かが変わった。それ以来、反戦活動家たちは、多彩 で正統な代表集団であると大抵は見なされるようになった。 私たちの代表権と長期的展望にとって、分水嶺的な勝利である。

●これまで発言したことがなく、街でデモ行進をしたことがなく、集団に参加したことがなく、政治家に手紙を書いたことがなく、運動に寄付をしたこともなかった多数の人々が、行動を始めた。数え切れない人々がかつてなかったほどに政治化した。つまり、何あろう、情熱の巨大な地下水脈が満ちて、変化の川に流れ込もうとしているのだ。新しいネットワーク、共同体、ウエブサイト、リストサーバ、収監者連帯グループ、連合が台頭した。

●国内でのテロの脅威を叩き込み、外国での戦争を正当化する、いわゆる対テロ戦争の名の下に、私たちは、隣人、お互い、よそもの(特に、中東出身者、アラブ系、イスラム教徒)を怖れ、行状をスパイし、ドアをロックして、私生活中心主義に閉じこもるようにと奨励されている。様々に異なった人種の人々と共に、社会に向かって、私たちの希望と抵抗を表明することによって、私たちは恐怖の教理問答を克服し、たがいを信頼した。イラクの人々に対する私たちの関心を行動で示すことによって、私たちは、様々な違いを超えて、平和を愛する人々の共同体を創り出した。

●私たちは指導者のいない運動のグローバル化を達成した。優秀な代弁者、理論家、組織者はいたが、あなたの命運を指導者に委ねてしまえば、あなたは、彼・彼女を超えて、強く、清廉で、独創的になることはできない。口コミ、インターネット、教会、組合、直接行動アフィニティ・グループといった多様な集団情報ネットワークで結ばれ、自ら組織化した100万の人々の結びつき以上に民主的でありうるのは何だろうか? 指導者のいない行動と運動は、もちろん、これまでの20年間にも組織されてきたが、これほど壮大な規模になったことはなかった。かつて、アフリカの作家ローレンス・ヴァン・デル・ポストが、誰もが追随者であることを止める時代になったので、偉大な指導者は新たに出てこないと言った。たぶん、私たちは彼の言うとおりなのである。

●私たちは、ベトナム反戦運動の不名誉な失敗を繰り返さず、分裂を回避することが上手にできた。私たちは、サダム・フセインを是認することなしに、対イラク戦争に反対することができた。私たちは、戦っている兵たちを思いやりながら、戦争に反対することができた。私たちの大多数は、アメリカの対外政策がしばしばひっかかり、旧い時代のラディカルがひっかかった、敵の敵は味方、悪の対抗者は善という罠、国民と首領、将軍と兵との混同視という罠に陥らなかった。 私たちはアメリカに反対し、イラクに賛成したのではなかった。戦争に反対したのだった。また、私たちの多くは、すべての戦争に、すべての大量 破壊兵器に、すなわち我が国の大量破壊兵器にも反対であり、すべての場所の、すべての暴力に反対だった。私たちは単なる反戦運動ではない。平和運動なのだ。

平和、反グローバル化運動が提起した問いは、今や主流になっている。もっとも、主流にいる人々はその理由を語らないし、おそらくは理由を知ってさえもいない。活動家たちは、ベクテル、ハリバートン、シェブロン、ロッキード・マーティンを、ブッシュ政権と結びついた戦争成り金企業として標的にした。行動は、特定の事業所を実力で封鎖するのではなく、その営業活動に対して、公衆の面 前で異議申立てすることで行われた。直接行動が効力を実際に発揮するのは稀なことだが、今や、メディアが企業をかつてなく見つめている。先日、ヘンリー・ワックスマン下院議員が、ハリバートンのテロ国家との関係に対して公然と疑問を投げかけた。チェイニー副大統領が就任するまで率いていた企業であるハリバートンに70億ドルのイラク石油の管理契約を与える政権の密室決定を、メディアが綿密に取り上げている。こうしたことは飛躍的な進展である。

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