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MAGCHIMERA WARTIME 09
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戦場出張はいやだ
2003年12月18日発行
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CONTENTS
▼ 戦地の「プロジェクトX」
▼ ノ・ムヒョン大統領への手紙
▼ 戦場出張はいやだ!
はじめに
連日の長文配信ご容赦ください。今号は特に長いです。しかも号外付き。
今日は先週末受け取ったメールを冒頭に紹介し、その内容を証言するある勉強会でのお話を転載します。また、2名の日本人外交官と同様に、イラクで凶弾に倒れた韓国のかたのお嬢さんがノ・ムヒョン大統領に宛てた手紙も転載いたします。
これらのテキストにはあるひとつの共通点があります。
イラクで亡くなられた2名の韓国人はオム電気という会社の社員でした。NGOでもジャーナリストでも外交官でも、もちろん兵士でもなく、社命を受けて仕事として戦地に赴いたのです。双子のお嬢さんの大学登録料を準備するために。同じ事が日本の会社でも起きようとしています。それどころか、有事法制が成立するずっと以前から、もう起きていたのです。
最初にご紹介するのは「人道的停戦を呼びかけよう実行委員会」のいとうみよしさんのメールです。人知れず、戦地に送られる石川島播磨重工の技術者について、同社の渡辺鋼さんのお話が引用をまじえて書かれています。すでにML経由などで受け取られたかたには重ねての配信となりますことをお詫びいたします。
それに続いて、ノ・ムヒョン大統領に宛てたキム・ヨンジンさんの手紙を掲載しました。3番目に再び、渡辺さんが昨年の「神楽坂会議」の勉強会で話された内容を全文掲載します。とても長く、内容の一部がいとうさんのメールと重複しますが、ぜひ時間を作ってお読みください。
最後に市民によるハンストの告知他「できること」情報を掲載しようと思ったのですが、長くなりすぎたので号外にします。とにかく、見えるかたちで政府にプレッシャーをかけ、メディアの目を集めることが必要だと思います。やっても何も変わらないかもしれない。でも、何もしなければ認めることになってしまいます。それがいわゆる「小泉マジック」、もの言わぬ
者は数に入らないどころか、賛成票にされてしまう。
なお8号号外にて掲載したDoXさんの童話「二本山の兄弟犬」で、編集時の変換ミスにより一部「二本山」が「日本山」となっています。申しわけありません。もし可能なら訂正してください。また、この童話の著作権はDoXさんに所属します。(藤澤みどり)
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戦地の「プロジェクトX」
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いとうみよしです。昨年、石川島播磨重工の渡辺鋼さん(人権回復を求める石播原告団団長)のお話を伺い、従事命令に関する規定が整う前から、エンジン等の整備・修理のために民間人が戦地に人知れず送られているという事実を知りました。
先日、渡辺鋼さんに連絡する用事があり、ついでにうかがったところ、やはり、最初にイラクに行く空自C-130のエンジン整備・修理のために職場から技術者が送られることは確実だということです。
渡辺さんが今年5月にされた講演記録には、インド洋にいる自衛艦の修理に社員が派遣される様子がなまなましく描かれています。(3番目に掲載した「職場から戦場へ」をお読みください。)
【石播に見る国民徴用の先行事例】
http://associationists.fc2web.com/watanabe0001.html
以下【石播に見る国民徴用の先行事例】より一部引用します。
現在のところは7回25人が行かされています。どの企業から誰がどこに、行かされたかという事は一切明らかにしていない。私の職場で考えてみるとイージス艦の場合では、あの職場の彼がいない、行ったらしいとか?誰々がいないとかということで解かるのです。そういう事なんで「人知れず」行かされているというのが石播の職場の実態です。
それで、僕たちのことも取材してくれた岩波ブックレットと言う本が出ております。この本が防衛庁の資料を元に書いてくれているのですが、どういう修理をやるか?
例を申し上げると資料に「ひえい」が10月29日蒸気タービンの故障で修理に4人行ったとあります。会社も発表しないし、防衛庁も言わないのですが、石川島播磨から派遣されたことは間違いありません。26日に行けと言われて28日に飛行機で出てるんです。
大慌てで出て行って29日の午後4時30分に現地(現地がどこの港か解からないのですが、多分オマーンらしい。アラビヤ海の奥で、もう少し行くとペルシャ湾という所です)に到着、午後4時40分に「ひえい」に乗艦しているんです。ですから着いたらその足で乗っている。すぐ工事日程を打ち合わせ、午後6時に修理を開始、欠陥部分を切断して午後9時にその部分を溶接し、深夜の零時に溶接部分の冷却処理をしている。不良箇所を溶接後、翌日の午前5時になって終了という記録ですので徹夜の作業である。午前7時になると溶接部分の検査をはじめ水圧検査も行い、午後1時に修理を終えて工具を撤収、午後1時32分に下艦している。
どういう状況で作業したのか解かりませんが、飛行機で行ってすぐに徹夜作業をやらされている。まあ行かされた方は早く帰りたいと言う気持ちもあるのかもしれませんが、こんな状態ですから行った人の人権など二の次と言うことになるのではないでしょうか。
4月の15日、防衛庁に要請に行ったんです。もしも事故が起きた場合の責任と補償を問うたのですが、これに対する回答は、「自発的に契約をして行っているんだ。応じた企業の責任なんだ」と言うのです。
それでは「危険だからお断りしますと断って良いんですか? 断っても良いと言ってくれ」と念押しすると駄
目だとは言わないのですが、「他に修理するところがなければ何度でもお願いする」との答えでした。何度でもお願いされたら防衛庁は大切なお得意さんですからお願いを聞かざるを得ないと思います。「それからテロはどこに居ても起こりうる。それは、現地であるかもしれないけれど日本でもあるかもしれない」こうした論理でした。
【石播に見る国民徴用の先行事例】の一部引用ここまで。
このように、防衛庁は「派遣はあくまで自発的な契約にもとづくもので、国が命令したものではない」という見解ですから、派遣された社員がたとえ現地で死傷したとしても、政府からはなんの補償も得られません。
今回も、自衛隊法103条(*)とは関係のない、顧客へのメンテナンスということでなされるものなので、なにか起きても、現時点では補償は予定されていません。
(*自衛隊法103条2項の従事命令は、武力攻撃事態対処法でいう武力攻撃事態になって自衛隊出動命令が出た場合に出されるものです。公用令書が出され、それに従って業務に従事します。それに伴い死傷した場合は、療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償、葬祭補償及び打切補償を受けることができます。ただし申請して、それが認められた場合のみですが)
また、会社から「戦地手当」「危険手当」といったものも、一切出ないそうです。社員は「戦地」に行くのではなく、あくまで安全なところにメンテナンスの仕事に行くという建前なので、特別
手当など出したらおかしいという理屈なのです。
テロ特措法成立前に防衛庁から会社に派遣できる人のリストを作るよう要請があったときは、渡辺さんが職場の人からリストを入手し、動かぬ
証拠を手にされたため、マスコミでも大きく取り上げられました。しかし、今回は、社内に厳しい緘口令がしかれ、だれがいつどこへ行くかといった、具体的なことはなにもわからないそうです。
それなのになぜ派遣が確実だといえるのか? 渡辺さんにうかがいました。 C-130はプロペラ機ですが、ジェットエンジンを搭載しています。このエンジンを製作しているのが石川島播磨重工です。
http://www.ihi.co.jp/ihi/products/jet/jeteng/engine/t56.htm
(T56ターボプロップエンジン)
ジェットエンジンは回転がすごいので、砂漠地帯で使用すると、発着のたびに大量の砂を吸い込むことになるそうです。その砂がエンジンのなかに入り込んでしまうので、さまざまなトラブルが起こります。したがって、フライトのたびに部品の精密なケアが必要になります。
また、C−130のなかでも、防御のためのフレアなどの装備を備えたものは数少ないため、エンジンがだめになった場合は他のC−130を、というわけにはいかず、エンジンをつけかえる必要が出てくることも予想されるそうです。
一般的な整備やたんなるエンジンの交換なら自衛隊でも自前でやれます。しかし、エンジンを交換すれば、日本とまったく違う気象や砂などの条件に合わせてエンジンの燃料制御装置などを調整しなければなりません。このような高度な整備・修理は、石川島播磨重工の技師・作業員でないと手に負えないのだそうです。
今までも自衛隊の演習でC−130が出る場合には必ず社員が整備に行っていたという経緯もあり、今回も派遣されるのは確実だそうです。空自がクウェートを根拠地にするということなので、おそらく整備・修理はクウェートの空港で行うことになるのだろうということでした。
そんな危ないところに行くのはだれでも怖いけれど、「怖い」と言ったら、「あいつが行くんだな」とわかってしまうので、それも言うことができない。もし派遣されて帰ってきたとしても、どんなルートでどこに行ってなにをしたかということは、防衛秘密に触れる(*)ので、絶対に言うことができない。
(*自衛隊法第百二十二条 防衛秘密を取り扱うことを業務とする者がその業務により知得した防衛秘密を漏らしたときは、五年以下の懲役に処する。防衛秘密を取り扱うことを業務としなくなつた後においても、同様とする。
2、前項の未遂罪は、罰する。
3、過失により、第一項の罪を犯した者は、一年以下の禁錮又は三万円以下の罰金に処する。
4、第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、三年以下の懲役に処する。
5、第二項の罪を犯した者又は前項の罪を犯した者のうち第一項に規定する行為の遂行を共謀したものが自首したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
6、第一項から第四項までの罪は、刑法第三条 の例に従う。)
社内の緊張は日ごとに高まり、社員は以前にも増して口数が少なくなっているそうです。人知れず戦場に行って、人知れず危険な仕事をし、人知れず秘密を心に閉じ込めて帰ってくる。もしなにかあった場合、人知れず犠牲になるのだろうか?
自衛隊が派遣されれば必然的にこういう方たちが生まれるということを知り、声をあげていかねばと思っています。
*『人道的停戦を呼びかけよう実行委員会』
http://ceasefire.hp.infoseek.co.jp/
代表E-メール truce-info@egroups.co.jp
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ノ・ムヒョン大統領への手紙
2003年12月13日オーマイニュースより抜粋
キム・ヨンジン(故キム・マンスさんの娘)
岡田有生 訳
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*以下のテキストは「人道的停戦を呼びかけよう実行委員会」のホームページより許可を得て転載します。
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/index-j.htm
イラクで日本人外交官ふたりが殺害された翌日、ティクリートに向かう同じ幹線道路で、韓国の企業オム電気の社員ふたりが、同じように銃撃されて亡くなりました。そのうちのひとり、キム・マンスさんの高校3年生になる娘さんが、集会で手紙を朗読しました。
手紙の文中にある「ハラボジ」というのは「おじいさん」を意味する朝鮮語です。少女は尊敬と親しみを込めて大統領をこう呼び、国軍を送るなと訴えています。「ノ・ムヒョン大統領ハラボジは、イラクに銃を持った国軍のおじさんたちを送ることが、うちの家族たちを助けてくれることだと思っているようです。私たちのお父さんの死では不足なのですか? 国軍のおじさんたちの命なんかは大事ではないのですか?」
少女はまた、父を失ったことの耐えがたさを訴えます。母がもはや涙も枯れて我を失っていることを訴えます。その痛ましさを隠さず伝えることで、父親の死が美化され利用されることを拒んでいるかのようです。
痛ましい死が「尊い犠牲」と言い換えられるとき、最愛の人を奪われた家族は、悲しみ嘆くことも、取り乱すこともできなくなるでしょう。そして、責任があるはずの政府に、その死をさらに利用されてしまうのではないでしょうか。「遺志を継げ、あとに続け」と。少女は、悲しみを隠さないことで賢明にもそれを拒み、「私たちの国軍のおじさんたちを、イラクへ追いやらないでください。私たちのお父さんの死を無駄
にしないでください」と訴えます。
父親を失った悲しみの淵から、何が起きているのかを必死で考えたのであろう少女の洞察に満ちた手紙を、ひとりでも多くの人に伝えたいと願い、ここにお知らせします。
「故キム・マンスさんの双子の娘、キム・ヨンジンさんの手紙」
(チョ・ホジン記者による要約)
お父さんは、お亡くなりになる前、私ども双子の娘たちの大学登録料を用意なさるため、イラクに行かれるとおっしゃいました。私たち家族は、戦争地域だから危険だと止めました。お父さんは、「マスコミも安全であるという話しだし、オム電気でも大丈夫だよ」とおっしゃり、「安全でなければ私がどうして行くのだ」とおっしゃったので、私どもはお父さんの安全を信じました。
いらっしゃってから3日後の11月30日、お父さんの事故のことを初めて知らせてくれたのは、TVニュースでした。お父さんの会社や政府でもなかったし、うちの家族にその誰も確認してくださらなかったのです。それで、切ない心でノ・ムヒョン大統領ハラボジに文を書きました。そうしてやっと一日ぶりに、オム電気と外交通
商部から訪ねてきたのです。そして、遺憾を表明し、最善をつくして家族を助けると約束してくれました。
私が世の中で一番愛するお父さんが、イラクの砂漠でお亡くなりになってから13日が経ちました。お父さんは、今、大田(テジョン)のある葬儀場の冷凍庫で、イラク人たちが撃った銃弾の苦痛の中に冷たく横たわっていらっしゃいます。葬式を執り行わない私が、喪服を着てソウルまでやって来て、この場に立つことになったのは、高等学校3年生である私が受け入れるには、あまりにも苦しく大変だからです。
イラクからお帰りになったオム電気の労働者のおじさんたちが、数日前に殯所にいらっしゃいました。お父さんの遺影の前で、その方たちはおっしゃいました。イラクは、行く前に聞いていたとおり、安全な場所が全然なかったよ。おじさんたちが働く砂漠の作業場のすぐそばでは、連日ミサイル爆撃と銃撃戦が止まなか
ったそうです。比較的安全な方だというバグダッド市内も、自由に武器を持って歩き回るイラク人たちを頻繁に見ることができたという話でした。
私たちのお父さんを含むオム電気の労働者のおじさんたちは、そのように危険な戦地で、会社が最初に約束した身辺保護と米軍の警護を一度もまともに受けることがないままに、働かなければならなかったのです。私たちのお父さんの被撃(被弾)は、こうした常識では納得しがたい状況の中で、もしかしたら予定された死ではなかったのでしょうか?
そのおじさんたちが言いました。初めてイラクに到着して会ったイラク人たちは、韓国人たちにかなり友好的な方だったと。私が尋ねました。それなのにどうして、その人々がうちのお父さんを殺したのですか? おじさんたちが答えました。私たちがやる送電工事がアメリカ企業の受注を受けてする工事なのを知ってから、イラク人たちの態度が変わったようだと。そして、韓国政府がアメリカの要請を受けてイラク派兵の方針を決めてから、韓国人に対するイラク人たちの情緒が、ますます悪化しているようだということです。
私は、大韓民国の平凡な高等学校3年生の学生です。戦争だとか、イラク派兵だとかいうことは、自分とは無関係だと思っていました。しかし、今、少しずつ分かりつつあります。全世界が反対するアメリカの戦争で、イラクでたくさんの人々が死んでいったということを。そして、大韓民国のイラク派兵決定によって、韓国人さえイラク人たちの怒りの標的となりつつあるということを。その最初の犠牲者が、私が世の中で一番愛するお父さんなのだということを。
ノ・ムヒョン大統領ハラボジは、イラクに銃を持った国軍のおじさんたちを送ることが、うちの家族たちを助けてくれることだと思っているようです。私たちのお父さんの死では不足なのですか? 大統領ハラボジにとって、国軍のおじさんたちの命なんかは大事ではないのですか? その国軍のおじさんたちの家族に、私たちの家族が経験している痛みと悲しみを抱かせようとなさるのですか?
ノ・ムヒョンハラボジ、私たちのお父さんの死と家族たちを慰めるために最後まで最善をつくすという、約束を守ってください。そして、私たちの国軍のおじさんたちを、イラクへ追いやらないでください。私たちのお父さんの死を無駄
にしないでください。是非お願い致します。お母さんは、もう涙が枯れて、我を失っていらっしゃいます。私たち双子姉妹には、本当に耐え難いです。言葉もなく冷凍庫で凍っていらっしゃるお父さんを思えば思うほど、あまりに胸が痛みます。国民の皆さん、お父さんの死を記憶してください。お父さんの死が無駄
にならないために。
(オーマイニュース 2003年12月13日より抜粋)
*和訳URL
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/iraq_Kgirl.htm
*原文URL
http://www.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?menu=c10100&no=143481&rel_no=1&index=3
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「戦場出張はいやだ!」
渡辺鋼(石川島播磨重工業社員)
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「有事法制を知って話しあおう」と2002年5月から始められた「神楽坂会議」での勉強会の中から、2002年6月23日の勉強会での渡辺さんのお話を許可を得て転載します。なお、「今までの勉強会から」には貴重なお話がいくつも掲載されています。あわせてご覧ください。
*「神楽坂会議」ホームページ
http://www.itoh.org/kagurazaka/index.html
*今までの勉強会からURL
http://www.itoh.org/kagurazaka/report.html
「職場から戦場へ」
渡辺鋼さん(石川島播磨重工業社員)のお話
「人権回復を求める石播原告団」団長
「人権アクティビストの会」副代表
みなさん、こんにちは。 私の勤めているところは、石川島播磨重工といいます。あまり名前の知られている会社ではないんですけれども、もともとは、造船が主力だったんです。でも今は造船の比率は10%を割ってまして、一番の中心は、航空宇宙事業本部という、航空機のジェットエンジンの製造・整備、あとはH2ロケットですとか、宇宙開発のロケットのエンジンですとか、そういうものが中心になっています。きょうお話をするのは航空宇宙事業本部の話が中心です。
石川島播磨重工では、防衛生産が大きな比率持ってます。全社的に言うと15%くらいが防衛発注、軍事生産ということになりますけれども、ぼくのいる航空宇宙事業本部でいいますと、もう7割ぐらいが自衛隊の戦闘機とか軍用機のエンジンの生産。ほとんどがアメリカのGE(ジェネラルエレクトリックス)ですとか、そういうメーカーのエンジンのいわばライセンス生産です。私たちの職場は、軍事生産が7割ぐらいを占めている事業部ですので、私たちの労働組合は、せっかく呼びかけていただいても、さっきMさんがおっしゃった20労組には絶対入らないような労働組合なんです。
「連合」全体としては一応この有事法制に対して批判的な見解を持っているということになっていますけれども、その中のかなりの部分、三菱とか石川島とか、軍事生産企業の労働組合は、みんな、要するに軍事生産が、国内だけでなくて輸出できるようにしてほしい、それでなきゃもたないというような、兵器の輸出を求めるほどの状態です。したがいまして、20労組の集会には、ぼくも行きましたけれども、労働組合として行けないんですね。一個人としてしか行けない、というような状態です。
「兵器や兵員を運ぶのはいやだ」「戦争に協力するのはいやだ」といって、20労組のみなさんが、立ちあがってよびかけているのに、兵器を作る労働組合は、戦争協力の方向です。ほんとうは兵器生産の職場から、Noと言わなくてはならないときに・・・。集会の主催者のなかに、ぼくたちの組合がいないということに、ほんとにくやしい思いがしています。
「戦場に派遣される」
一応、会社についていえばそういうことなんですけども、今、会社でどういうことが起きているか。ここに「戦場出張はいやだ」というちらしがあります。昨年の暮なんですが、私のところに「会いたい」と電話がかかってきました。私たちの工場は、西東京市といって、西武線で田無駅を降りて。まあ田舎なんですけども、みんなあの辺に住んでいて、顔見知りなんかが多かったりするんで、駅前でなんかで会えないってことで、新宿の雑踏の中で、喫茶店で会ったんです。
その時に、「実は自分の職場で、こんど、インド洋に派遣する人のリスト作りが進んでいる」ということなんですね。というのは、昨年の11月に、テロ特措法というのができて、アメリカのアフガンに対する戦闘を支援するために自衛隊が出ていく。自衛隊が出ていったら、「海外に出動中の自衛隊に、支援のための技師を派遣して欲しい」という話がすぐ、おっかぶさるようにきたというのです。で、さきほどMさんからもお話ありましたけども、私どもの、兵器生産の業界の常識はですね、自衛隊さんというのは、武器を使って準備を、戦争の練習をしているけども、修理したりメンテナンスしたりというのはからっきしだめなんですね(M:「すいません
」(笑))。で、私どもが、行って整備したり直してさしあげないと動けない。というのが、私どもの職場の誇りでもあるわけなんですよね。「俺たちがいなくちゃだめなんだ」っていうのがね。
ですから、今、リムパックっていう演習をハワイでやってますけどもね。そういうところにも、得々として行くんですよね。それから、自衛隊の基地なんかにも、常駐して、戦闘機のエンジンの整備ですとか、そういうこともやるようになっているんです。
ですから、「今度はインド洋に出ていったから、整備頼むよ」、「あ、そうですか」ってなもんよね。で、当然のように行けと言われたわけですけども。相談に来た方も、そういう誇りを持っていらっしゃる方だったけれども、「ちょっとこれは違うだろう」と。今までは、整備っていっても、演習とかの程度だった。こんどは、戦闘行為に結びついているだろうと。
で、さっきちょっとお話ありましたけども、「これで出てって、もし戦死したら、労災? 戦死?」、はっきりしてない。そういう問題なんですよね。
上司たちは、けっきょく「君、こんど、名前載せとくからな」って感じできたわけなんです。まあ、使命感はあるけれども、自分の命や安全の問題を、国内のたとえば浜松基地に行けというのとね、おんなじような扱いで、ポーンとやられる。それに対して、「違うだろ」っていうことが発端なんです。しかしまあよく話を聞いてみれば、自分にももう高校に行く子どもがいるとか、家族との暮らしはいったいどうなるんだとか、そういうことは当然あるわけです。そういう話でした。
マスコミに取り上げられて
私たちもその時話を聞いて、このビラを1月の末に作ったんですね。10万枚作って、えっこらえっこら撒き出しました。3万枚ほど撒いたら、朝日新聞から取材の申し込みがありました。「これ、どういうことですか」と。実は、これ朝日新聞のトップに5月4日付けで出たんですけども、取材受けたときは、それほどとは思ってなかったんです。記者も「大事な問題ですね」と言って、その後裏をいろいろ取ったりなんかしてくれたんです。
そうしたら、5月4日、ちょうどゴールデンウィーク中に、一面のトップにどーんと出た。そうしましたら会社は休み中なんだけど、役員同士が連絡取り合って大騒ぎだったそうです。誰がやったんだって犯人探しが始まったり、いろいろありました。まあ、直接話をしたのは渡辺だろう、ということはわかっているんですけども、結局それを漏らしたやつがいるし、ここにありますように、もうリストが出されているというのであわてたのでしょう。
そのリストはその人が持って来てくれたんです。だから新聞社も「こりゃ間違いない」ということだったんですよね。ですからその方の勇気っていいますか、よくぞ相談してくれたと思ったんです。
私らは、労働組合じゃないし、力はないです。さっきも言ったように、労働組合のところに行ったって、なんにも取り上げないんです。かえってにらまれるだけで損だということで、僕らみたいな者に相談があったと思います。僕らみたいな者とはどういう者かといいますと、要するに職場の中で、ちゃんと主張すべきことをやってるわですが、そういう者に対しては、まあ、いろんな迫害がすごくあるわけなんですね。ちょっと話が前後しちゃいますけれども、そういう迫害に対して裁判なども起こしている我々ならば、話を聞いて問題にしてくれるだろうということで、相談があったわけです。
で、このビラを撒き出して、で、けっきょく新聞の報道もあった。職場の中ではすごい緘口令っていいますか、リスト作りについても、一切それを言っちゃならないということで。職場の人たちの受け止め方っていうのは、「もし行けと言われたら、断れない」。で、自分も黙って行くし、家族も黙ってなきゃなんない。職場にも、「行く」と言ってはいけない。
緘口令にもとでは「何々さんがこんど海外に行くことになりましたので壮行会開こう」とかね、「けっこう危ないとこ行くからね、がんばってね」なんていうことにはならないわけです。「黙って人知れず、行くということになるんだなあ」、しかし「人知れず行って、人知れず死ぬ
んじゃたまらん」ということもあって、相談になったわけです。
ぼくらも予想外の展開だったんです、ビラを出すのがやっとで。それがまあ、結果として、こういう形でマスコミにも載るということになったんです。で、そのあと共産党が国会で取り上げた中でですね、中谷防衛庁長官(当時)が「いや、民間人の現地派遣は、これ当然必要なんだからありえます」ってことを答えたんですよ。それはうちの当該職場にとっては大ショックだったんです。「やっぱり行かされるんだ」って。
でも、「今までは人知れず行かされると思っていたのが、これだけマスコミも取り上げてくれてる、世論も知っててくれてる、だから、ここまでくれば、防衛庁も会社もあんまりひどいことはできないんじゃないか、リークもしやすくなるんじゃないか」というようなことで、ホッとした雰囲気が当該の職場に流れたっていうんですね。で、私のところにも、「あんたたちに相談してよかったよ」というような話がいただけて、まあよかったかなというふうに思っているんです。そういう経過がありました。
法律がなくても業務命令で行かされる
この問題というのは、今日テーマになっております有事法制が成立しなくても、業務命令で行かされるということなんですね。
で、私らも問題にして、本社に見解を問いただしに行ったんですけども、会社はこうなんですよね。「要請があったわけじゃない」、「要請があれば検討する」ってとぼけてるんですよね。――実際はもう40数人の名簿も出して、その人のパスポートナンバーも提出してるんですよ。――で、要請があった時はもう遅いじゃねえかって言うんですけども、「要請があれば、防衛庁は大事なお客様だから、前向きに検討する」と。じゃあ、どういうふうに検討してどうするんだというと「いや、それは仮定の話だから答えられない」とこう逃げられちゃってるんです。
で、こんどは防衛庁に対して「どういう法的な根拠で要請をするのか」というふうに、追及したんですね。そしたら、防衛庁は「あくまでも、たんなる防衛庁と民間との自由な派遣契約である。それは、防衛庁が強制しているわけではなくて、相手の企業が『うん』と言ったからできることであって、『うん』と言ったからには、その相手の企業は労働者本人とも労働組合とも十分な調整をして合意の上できているんだろうから、だからなんら問題もありません」という理屈なんですよ。けっきょく、罰則付きで強制しなくても、今、そういうことが平気でやれると踏んでいるんですよね。
ですから、さっきの話、少し戻るんですが、例の周辺事態法でも、兵器生産職場についてはですね、協力要請なんてことしないんですよね。ていうのはね、要請なんかしなくたって、もう業務命令ですいすいやらせられるって、折込済みの前提になっているんですよね。それほどやっぱり、会社の意のままに動く労働組合、会社の業務命令がそのまま貫徹する職場になっているのだと思うんです。
もの言えない職場に問題が
そういう意味で、今、有事法制という法律で、強制されるという事態がこれからできるというよりも、もう、ほとんどの多くの労働の現場では、戦争協力を受け入れざるを得ない事態が、実態として労使関係の中で作られているのに、働く人たちはものが言えない。上司が「これやれ」と言ったら、自分の仕事なのに「それはおかしい」と言えない状態に、今、大多数の日本の職場がなってきているんじゃないですか。やっぱりそこにね、今の深刻な現実があると思うんですよね。「もの言える職場」っていうことをぜひ強調したいんです。
みなさん生きていく上で、「自由にものを言えるっていうこと大事だし、そうじゃなきゃいやだ」って思ってらっしゃるけども、意外と「職場ってのは、仕事をやって銭を稼ぐ場所だから、そこでは『もの言える』ことより、ばりばり働いて銭稼いで、あとは家族や仲間と地域で自由にもの言って、暮らせればいい」というような感じになりがちで、職場での人権とか、職場でものが言えるかどうかっていうこと、あんまり考えない人が多いんですよね。でも、やっぱり、これが日本の一番の基本ではないですか。
ま、ちょっと話が脱線しますけれども、もの言える職場だったら、雪印の牛肉偽装事件は生まれないんです。「おかしいじゃないですか」ってね、労働者が言えるわけですよ。また、薬害エイズのミドリ十字の労働者だって、知ってるわけですよ。あれやれば感染すると。それから、三菱自動車のクレーム隠し。あれもそうですよね。わかってて隠してる。
要するに、社会的な大きな犯罪、大事件っていうのは、みんなひそかにやるわけじゃないんですよ。みんな白昼堂々仕事として、業務として、やらされてる、やってるわけです。でも、みんな自分がかわいいし、生きるために給料もらう、そういうことで、黙っているというのが、日本の多くの現実ですよね。まあ、そのチャンピオンが軍事生産職場ということですよね。
なぜものが言えなくなるか
で、 じゃ、なぜそういう状態になっているのかということで、ちょっと私のこと話します。私は朝8時に会社に出勤します。まあ、工場ですんでね、事務系の職場ですけども。朝行くと、ぼくはいろんな人に挨拶をしますけれども、挨拶は、だれも返って来ないんですね。で、席に座りますね。・・・で、仕事がないんですね。・・・で、一日座ってるだけなんです。5時までなんですけど。まあ、それを17年ぐらいやってるんです。
それから、新入社員の歓迎会とか、暮の忘年会ですとか、いろいろ行事がありますよね。いっさい呼ばれないんですよね。毎年新入社員入ってくるんですよ。すると、「あの人と話さないように。口きかないように。目を合わすと、挨拶しなきゃならなくなるから、目を見ないように」と言う。それが、このちらしの裏側にあります、えー・・・「口をきくな、目を見るな、行事に呼ぶな、香典受け取るな、昇格させるな、得意な仕事はまわりが覚えて取り上げろ」っていう。これ、ほんとにあるんです。で、なぜなのか。ま、私もつらいんですけど、要するに、それが見せしめなんですよね。「渡辺みたいになりたくなかったら、会社の言うこと聞け、労働組合の言うこと聞け」。要するにそれしないと、ああなるよっていうことなんですね。まさかと思われるかもしれないんですけど。
で、なぜこういう状態になったかということなんですけど。ちょうど今から17年前のことなんですけども、当時石川島で7000人の人員削減という、まあ、リストラのはしりですよね。22000人ぐらいいた職場で7000人ですから、三人に一人やめさせられる。名目は希望退職だったんですが、やめさせると目論んだ人たちに対しては、仕事を取り上げて「おまえの仕事はない」。それでもやめない人に対しては、業務命令で「休暇をとって職安に行って自分の仕事を探すのがおまえの仕事だ」と言われて、むりやり休暇を取らされて、2日ほど休んで出社してみたら、自分の机も椅子もなくなってた。それでやっぱりもう切れちゃって、退職届だしちゃった。で、出しちゃっても、やっぱり暮らしのことだとかいろんなこと考えて、で、自殺した。私の友人でした。
私に対しても、「あんた、やめろやめろ」と、上司は何度も面談して迫りました。何度「もうお断りしております」「お話することありません」と言ってもね、「いや、あんた会社にいる限り業務命令だ」と。「面
談は業務命令だ」、「こなかったら業務命令違反だ」と言われると、そういう時期ですから、その業務命令違反で懲戒解雇されてもつまらないので、まあ、面
談室まで行きますよね。そうしたら「あんた・・」と、こうなるんですね。
ひどい人はもう何十回もやられてるんですね。それでもやめないと、会社の意を受けてやめさせようとする、「職制」っていいましてね――管理職じゃないんですよ、会社がやったことになるから。その1歩手前の人たちが、「なんでお前辞めないんだ」「あんたなんかいてほしくないんだよ」とかいって、昼休みなんかに数十人で取り囲んでつるしあげるとか、そういうことが、1986年の暮にありました。それで7000人やめさせられました。
そういうことの中で、ぼくは「おかしいだろ」ということで、何人かの人たちと一緒に声をあげ、辞めないでがんばった。そうしたら報復されて、それがあまりにもひどいんじゃないかということで、これまでも裁判やなんかいろいろやってきたんです。今、それでも解決つかないので、このビラのように「たたかってこそ明日がある」ということで、再び裁判を起こしながらやっています。この裏側の、原告紹介というなかで、まんなかへんに渡辺鋼とあるのが私なんです。こういう見せしめは、私が憎くてやってるだけじゃないんですよね。もの言えぬ
職場にしておかないと、兵器生産企業は維持できない。しかしそんなことが許されるはずありません。
もともと労働組合に、会社がぐうっと介入して会社の言いなりになる労働組合にしようとしはじめたのは、1960年代の後半から70年、まあ、みなさん生まれてらっしゃらないかもしれない時期なんですよ。で、その時になにがあったかというと、三次防が始まったんです。第三次防衛力整備計画。で、石川島播磨重工でも、軍艦をどんどん作るようになる。それから、ファントムという戦闘機のエンジンを生産するようになる。三菱重工ではその機体を作って、全面
的にミサイルも戦闘機もというふうになってくる。第三次防衛力整備計画っていうのが、すごい勢いで始まった。
で、それに対して「兵器生産はいやだ、平和のための職場だ」っていう労働組合がいたら邪魔なんですね。それで、徹底的にそういう形で会社が組合に介入して、組合を「右傾化」といいますけれども、会社寄りに変えていく。それでもおかしいじゃないかという人たちに対しては、とことん差別
で押さえつけていく・・・という仕組みがどーんとできてきた。戦争も非人間的ですけれども、兵器生産職場を維持するためにも、やっぱり非人間的にならざるをえないのです。だから、非人間的なものを国民におしつけるために、今回の有事法制も、戦場派遣の問題も出てきてるわけです。
防衛庁による身上調査
防衛庁の例の情報公開請求者のリスト作りの問題、ありましたよね。実は、茶色のちらしの裏にですね、『防衛関連企業にも身上調査』っていう記事は、実はこれは東京新聞の取材があって話したことですけれども、実は、防衛庁ってのは、ものすごい身上調査やるんですよ。ですから情報公開請求をした人の身上調査なんて当然のことなんです、彼らにとって。で、オンブズマンだ、やれ受験生の母だとか防衛庁のリストにありましたけどね。あの程度で済んでると思ったら大間違いなんですよ。徹底して調査する。調査隊というのあるんですよあそこには。日ごろはドンパチやれないから、調査隊というのが一番機能していると思うんです。
私たち石川島播磨重工とか、三菱重工とか、そういう職場では、重要な軍事技術ですとか、日米安保条約に基づく軍事秘密防衛協定で、アメリカから指定された機密を扱う職場では、その人間についてはちゃんと承認を受けなくちゃいけない。で、その人間は承認を受けるために5枚つづりの身上調査書というのを書かされるんですよ。
それは、その職場で書かされる人にしてみると、「俺もいよいよそういう重要な仕事につけるようになった」って言ってね、やっぱり誇りなんですよね。で、書かされる内容は、2親等以内の親族・姻族の名前全部書いて、それから自分が生まれてからずーっとの住所だとか、要するにその人の経歴がさかのぼって全部調べられるような調書を出すんですね。
で、出す時にこう言われるんですよ。「あなたこれに基づいて、防衛庁が調査しますよ」「防衛庁は、たぶん、あなたのポストも見るでしょう。誰からどういう手紙が来ているか、どういう新聞を読んでいるか。・・・このさい左関係は整理したほうがいいでしょう」と。
ぼくがなぜこういうこと知ったかといいますと、友達で、そういう仕事につく人が何人かいました。その人はあわててぼくのところに飛んでくるなり、電話するなりして「渡辺さん、あしたからもう一切ビラなんか送らないでください」ということになるのね。
その一番最初にあったのが、1979年ごろで、ちょうどF15のエンジン生産が始まった――F15って戦闘機ありますよね――、あの時期です。で、その時期からちょうど、工場に日の丸が掲揚されて、朝、君が代が流れたりね、そういう時期があって。ぼくら反対して、しばらくすると、君が代は中止になりましたけれども、そういう身元調査はずうっと行われていますから、「会社で仕事をしようと思ったら、あの人たちとつきあわないほうがいい」って雰囲気にされてしまうんですね。こうして差別
は当然という雰囲気に持っていかれるんです。
さらに、防衛庁が要求する身上調査だけでなく、石播自身がやる身上調査もあります。――軍事企業だけじゃなくてほかでもやってると思うんですけども――目をつけた人に対しては徹底的に調査します。私たちの地元の田無警察なんかとも情報交換しています。で、会社が作ったリストも実はひょんな機会から入手したんです。ある人がむりやり辞めさせられたんですね、で、私んとこ送ってくれたんです。
それによると、問題がある人については、毎年見なおして、これは地域でなにか活動していると、サークル活動をやってるとかですね。すると、危険度ランクアップ1とかね。そりゃもう、おそらく、地域まで会社自身が調べているっていうよりも、公安や警察の調査と交換しているように思います。
今、防衛庁もリストを作っている。会社もリストを作っている。警察も作っている。で、今、住民基本台帳ですか、作って全員背番号化する。ありとあらゆる情報のリストがその背番号に全部貼りついていく。そういう事態が進行しているんですね。
個人情報の使われ方
さっき言った7000人の人員削減という中でですね、私の友人でIさんて方なんですけれども、退職を迫られて「辞めません」と言ってた。そしたら、「Iさん、あなたのお嬢さん来年の春、高校卒業してどこどこへ就職が内定しているそうですね」と。もう内定してるにもかかわらず、「ちゃんと行けばいいですよねぇ」と言う。「あんた辞めろ」と言っている会社がね、言うわけなんです。ということは、口では言わないが、「あんた、ここで突っ張って、会社の言うとおり辞めないなら」――もうその人は50なんぼですからね、「辞めないなら、あなたの娘さんの就職に累が及びますよ」ということなんですよ。Iさんは一瞬、「この野郎ー」と思って・・・、面
接やってたのが、4階か5階の会議室だったらしいんですけどね、その人抱きかかえて一緒に窓から飛び降りようかと思ったぐらいね、くやしかったと言ってました。やっぱり、汚ねえ、もう家族までね、自分だけだったらまだ我慢できるけども。
けっきょく、防衛庁が今作っている情報公開要求している人のリストっての、「ああ自分のプライバシーちょっと出されて気持ち悪い」なんてもんじゃないんですよ、その人が一番困る時に、その情報を使って徹底的なダメージを与えるわけですよ。黙らせるわけなんですよ。やっぱりこいつ辞めさせたいと思う時にそういうこと言うんです。そこまでして、労働者の人権を抑えつけて、兵器生産をしていく。それで、有事法制がなくても、戦争へ戦争へ、こう、みんなをかりたてていく現実が進行しているんです。有事法制を許さない闘いはこうした現実を許さない闘いだと思ってがんばっています。
罰則があるから、しかたがないから戦争に協力するだけじゃないんですよ。やっぱりね、自分の生き方や飯の食い方や仕事の上司との関係ね、そういう中でそうせざるを得ない、就職のためにちょっと妥協するとか、そういう中でみんなの少しずつの妥協が、こういう社会をね、なだれ打つように作っていくんだよね。で、そういう戸口に来ているような気がね、私はしてるんです。
ま、悲観的なことばかり言いました。でも、がんばれば道は開けるかな〜〜と思ってます。だから私たちも「たたかってこそ明日はある」を合言葉にたたかっています。以上です。
*「職場から戦場へ」URL
http://www.itoh.org/kagurazaka/report/watanabesan.html
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MAGCHIMERA WARTIME 09
2003年12月18日発行
【編集・発行】藤澤みどり
midori@dircon.co.uk
【melma ID】m00101856
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