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MAGCHIMERA WARTIME 05

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政権交代&ネオリベラル
2003年11月05日発行
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CONTENTS
政権をただ変えるのではない、交代をプログラムに入れるのだ
付録「カナダの選挙」
さらなる付録「カナダの税金の話など」
いまさら新自由主義政策って、周回遅れもいいところ。


はじめに

さて、衆院選特集第3弾は「政権交代はあたりまえ」でいきます。いきなりギアがトップに入ってしまったみたいで連続発行すみません。もしかすると明日も出しますが、こりずにおつきあいいただけるとうれしいです。

今号は前菜なしでいきなりメインコースに入ります。トロント在住のカナダウォッチャー、川上直子さんの『政権をただ変えるのではない、交代をプログラムに入れるのだ』なんですが、わたしの「はじめに」に代えて彼女自身のメールを以下に転記します。何を隠そう、川上さんは、友人知人の皆さまに不評をかこつ「小沢一郎勝手連ロンドン支部(←わたしのこと)トロント特派員」です。でも小沢一郎のことは書いてないので安心してお読みください。川上さんのテキストのあとに、今回は「あとがき」を書いてみました。『いまさら新自由主義政策って、周回遅れもいいところ。』です。では、またあとで。(藤澤みどり)

いやぁ、政権を変える理由って難しいですね(笑)。ってか、こんなことを真面目に、なぜ政権を変える必要があるのだ、なんていう問いを立てる人って、いないですよね。当然そうあるべきだ、長いこと一人になんかやらせたら恐いことになるに決まってるって先進国民は思っているし、日本国民は、どういう理由か考えたこともない。で、両方理由は違うのに表面 は一緒。興味深い現象です。

私の考えは、これは、権力なんてもんじゃなくて、長期政権は思考をも方向づける権威となってしまう、だからそれを回避するために変えましょう、と書いたつもりです。インパクトないかなぁ。微温的だわ、どうも。(川上直子)



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政権をただ変えるのではない、
交代をプログラムに入れるのだ

川上直子
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日本に政権交代という仕組みがないと気がついたのはいつのことだっただろう。生まれた時からずっと同じ政党が政権を担い、それが殆ど国家と同義になって久しいようだと気がついたのはいつのことだっただろう。

人生がそう短いわけからこれはそう最近の話ではない。しかし、その長い間には、一度1995年に自民党が野党になるという今にしてみればちょっとした事件があるにはあった。しかし、あれよあれよと言う間に、事態は、長年のカウンター・パートナーであった社会党が徒党を組むという驚くべき方向へと落ちて行き、政権が変わるとは結局どんなことなのか誰にもよくはわからない(政権を一瞬でも離れた自民党の人々にはよくわかったという話だが)結果 となった。人々が、自分の国の政治の話を、何か遠い国の遠い人々の話を聞くような、あるいは観客として見るゲームの一つか何かを見るような感じで取扱いだしたのは、おそらくこのあたりからではなかったかと思う。

とはいえ、顧みて、ほんのちょっとでも変化の兆しが見えかくれし、かつ、抜本的にその兆しが破壊されるという事象に立ち会うことのできた私はまだ幸せである。

いつだったか、若い子が、「日本は政権の期間が短すぎて大胆な改革ができない。諸外国のように長い期間を担当できるようにするべきだ」とネット上のフォーラムに書き込んでいるのを見たことがあった。

冗談かと思ったらそういうことではない。言葉使いの間違いというのでもなさそうだった。彼には、首相の任期の長短とある党が政権の座にあることの期間の長短の区別 がまるでついてはいないのだ。そういう考えもあるのかと思って思えないこともないが、根本的にこれは政党を主体とした議会制民主主義下における政権の交代という話ではない。大人は、今時の子供はものを知らないと考えるかもしれないが、よく考えてみれば全く無理もない。彼の人生の中では、政治の体制、座長である団体が「変わる」という意味が獲得されるような事態が起こったことはなく、多分ずっとそんな感じ、のままだったのだろうから。また、今から考えれば社会党(社民党の前にはこういう名前だったわけだが)が自民党のカウンターパートナーであったというその内容そのものが、あまり好ましい感じがどうしてもしないのだが、ともあれそれによって、嘘でもニアミスでも偶然でも、政党同士が部分部分で拮抗していたという時代があったことも、これら若い人たちにとっては、全く無縁である。保守系、革新系という言葉もそういえば懐かしい。いつからこれはなくなってしまったのだろう? 保革の保守は、扇千景の保守党ではないと断り書きをつけなければ誤って理解している人だっているのかもしれないほどだ。

*** *** ***

しかしながら、翻って、政権を変えることはなぜ必要とされるのか。

これに対して答えることは意外に難しい。変えなければならない理由は論理的にはない。変化は論理的に要請されるものではなく、変化は、そうしたいと考える人々の意志の方にしかその根拠はない。法的に特定回以上の再選が禁止されるといった場合、うっかり人々は、そうしなければならないと「決まっている」と言い、それを何か自然法則ででもあるかのように絶対視する人もいるが、これもまた、再選を禁止するという人々の意志によって決定されたものであり、ここにしか根拠は求め得ない。

そういうわけで、
問い:政権を変えることはなぜ必要とされるのか、は、
問い:なぜ私たちは政権を変えたいのか、と読み直され、
そうなれば人の数だけ理由はある。私は以下のように考える。

権威authorityが一つところに長居すれば、その権威下にある人々の思考は方向付けられる。結果 として、無作為であるとしても、人々の思考の範囲が狭まる。感覚的にいえば、それを息苦しいと表現されるようになるだろうし、圧殺されていると感じる人もいるかもしれない。根源的に、こんなものが良い状態のわけはない。だったら、そうならないためには権威を変えるしかない。

権威ではなくて権力ではないかと考える人もいるだろうが、権力も長引けば権威になる。日本では、権威は天皇に、権力は武家政権の方にと使い分けられるのが一般 的で、権力に屈するものはその武力性に屈しているのであり、権威に屈するものはその普遍的な価値に屈するのだ、と解説されている(と思う)。だから、普通 に私たちが相手にするのは国家権力だ、と考えてもいいのかもしれないが、国家権力も長引けば具体的で明らかな権力の明示以上に、権威としての問題になってしまうと私は考える。

平たく言えば、政府=authorityの方向で考えないと「あぶないよ」とか「そんなことを考えるなんて・・・」と人々が日常生活の間に語り合うことの不健康性を早いとこやめないと、私たちは、マスコミが騒ぎ散らしている以上に、「閉塞」する、と思うのだ。

今年の春のイラクでの戦争に対する反応は、この傾向が、政治的であるよりももっと、もはや抜きさしがたく人の間に巣食っていることの例であるようにも見えた。

すべての人が国益のためには戦争もやむなしなどと考えているわけでないことは明らかだったのだ。しかし、それをどこでどれだけ表明できるのか。ここに大きな疑問があった。「そんなこと言ったら恐くて」と、武器のないフィールドで人が考えるようになったら、それはもう、権力の問題、政治の問題を超えた問題だ。

また、イラクの前後の北朝鮮の問題についても言うまでもない。これは大きくはマスコミの責任だとしても、そんなものはプラウダか人民日報だと思って聞流せるほどに人々が個人的でありさえすれば、政治的にはなお困難だとしても、精神的に閉塞していくようにはならないだろう。が、事実、私たちの社会はその閉塞感に苦しんでいるのだ。

これらの例は、一つところにある「解」に対して従順であること、これを所与の前提とすべし、という心理規制が見せたと表現できるだろうと思う。また、「こぞって」雪崩をうったように人々が同じことを言う、というのは、「解」を探りあっていち早く恭順を誓っていないと、不安だからかもしれない。

おおらかに、大声というのではないし、むしろ、そう気張らずとも「異論」を開示しあえなかったら、社会の中が息苦しくなるのは当然だし、互いの異質性を指摘しあって傷付けあうことになるのも、また起こりえるべくして起きているのではあるまいか。これに空気を入れ、水を差し、異論の可能性に道を開くためにこそ、政権=authorityは常に変化し得るものとして存在すべきなのだ。

しかし、そうはいっても、今迎えている事態は、間違っても「政変」の話ではない。「レジーム・チェンジ」と言いたい気持ちもわからないでもないが、これは国政選挙であって、封建制から絶対王制に変わるほどの「大事」ではない(国政選挙がつつがなく行われるのなら、それ自体が体制に変更のないことを表現している)。

にもかかわらず、新潟五区で、田中眞紀子氏が立候補したために民主党の公認を取り付けられなかった(菅直人は、眞紀子氏の影響力を考えて見守るべきだと判断したのだそうだ)白川勝彦氏は、今の状況を、佐幕か倒幕かという事態なのに、と表現していた。気持ちはとてもよくわかる。

わかった上で、しかし私は尚言う。これを政変にしてはいけない。勝てば官軍の官軍を変えるのではなくて、官軍はいない、いるのは政治的なリーダーだ、が常態となるべく変化をプログラムに入れるための一歩にすぎないのだ。だから、次もまた変えるつもりで見張っていなければならないわけで、これはこれでとっても大変なのだが、これがどうやら近代人 ― それこそ個人の務めではあるのだ。

とはいえ、佐幕か倒幕かと真面目に言わねばならぬほどに、事態は、信じられないぐらいに閉塞してはいるわけではある。自民党という一つの政党がいつのまにか幕府となり、考えてみれば、江戸幕府250年のうちの1/5を消化した ― これって、このまま行ったらどのぐらいできるものなのだろう?(川上直子)


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付録「カナダの選挙」
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しばしば、とんでもないことが起こる(1993年には、与党が2議席しか取れなかった)カナダの選挙については、『終わらない棒倒し』第11回をよろしく!
http://www.shobunsha.co.jp/html/owaranai/11.html

また、総選挙でのとんでもないこと、劇的な変化を全く厭わないことに加えて、分割投票行動(連邦と州レベルで投票行動を変えて別 の党に入れる)を取ることも特徴的。ただ、そうやって専制体制を防ぐべくあれこれ考え行動して来た結果 として、実は現在は「手づまり」に近いものになってきて?これでみんな気をもめているところではあります。

「リベラル」という、右でも左でもない(右も左もはっきりいる)真ん中の政党が大きくなりすぎて、気がついたら対抗馬だったはずの保守党が、1993年以来往事の勢いを回復できない、さてどうする、といったところ。

1つにするなんてことは出来ない相談なのだから、対抗馬を育てておきたい彼らの心理からすれば、保守党にがんばってもらおう、とするはずなんですが、さてどうなるか・・・。アメリカが「輝かない」もんで、どうも、「新自由主義的傾向」が一部地域を除いて人気を回復できない→保守方向が不調、という連鎖の中にあるとも言えます。(川上直子)

海の向こうのあなたと私 ← 川上さんのホームページ
http://www.kawakami.netfirms.com
セカンド・カップ(日記)← めっぽう面白い川上さんの日記
http://www2.diary.ne.jp/user/178338/


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さらなる付録「税金の話」の話など
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カナダも付加価値税高いです。だいたいトータルで15%(州による)。で、食品は無税。だから、中華街(トロントの中華街は北米でサンフランシスコに次ぐ大規模なもの)でのゲロ安なお買い物はそのままお安い。

しかし、他のものにかかる15%はいちいち文句のひとつもいいたくなるほどと思うことはやはりあります。これが高福祉ならぬ 中福祉プラス各種文化政策を支えるコストなのだと考えれば、まぁ仕方がないのかと思ってみたりもしますが。

税金の問題というのは、つい「取られる」方から考えがちですが、福祉プログラム及び政府介入手段保持という政策と組み合わせた場合には、おそらくイギリスもそうだし欧州大陸勢もそうですが、これら経済とは、政策的に完全なマクロエコノミー指向なんだと考えればいいんだと思います。つまり、グロスで動かせるお金を保持して、その中で経済を調整する(パイを小さくしない)。政府機関でのパートか、各種プログラムの補助金というのは、「補助」という名前ですが、支出ですよね。だから、需要(つまりパイ)を調整するためには必要なんだと思う。

だから問題はその目的の公平さ、あるいは、効率の良さ、もしくは手続きの公正さだけでしょうかね。そういう意味では、「むき出し資本主義」の次のフェーズに適当に雪崩こんでは困惑していって、その状態がもう長いので、今さら丸裸にはならないだろう、というところかと思われます。

って考えたら、どうして今頃「新自由主義」を標榜しているのだ日本、というのが疑問で疑問で仕方がない。公共事業=道路、箱ものにしないで、いくらでもソフトにお金を出して需要を作って経済を立て直せばいいだけではないのかと真面 目に不審(ようするに、マネタリスト狂信派に財務を乗っ取られているからなのでしょうが)。(川上直子)


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いまさら新自由主義政策って
周回遅れもいいところ。

藤澤みどり
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言い出しっぺのひとり、サッチャーのお膝元なんだから当然かもしれないんですが、労働党に代わってもなお新自由主義街道をひた走るイギリスの昨今について書きます。「自民党をぶっ壊す」はずの小泉首相も新自由主義礼賛者のひとりのようなので・・・あのぉ、もしかして、その道、間違ってない?

トニー・ブレアの労働党「ニューレイバー」は史上最小の政権政党である、と2001年に引退した筋金入りのソーシャリスト、トニー・ベン(労働党閣僚経験者←好き!)は喝破しましたが、トニー・ブレアはネオリベラル一派を引き連れて保守党に移って欲しいと思う英国有権者は多いでしょう。わかりにくくてかなわん、まったく。

ともかく、イギリスはここ2週間ほど郵便ストでした(とりあえず終わったらしく、昨日からぼちぼち郵便が届き始めました)。郵便ストと言っても、サッチャー 政権時代に大きなユニオンはことごとく解体されたので、全部の持ち場がストライキしていたわけではありません。今回の非公式ストはロンドン西部の郵便物仕分けオフィスから始まって全土に広がったようですが、ストが始まったころ、最寄りの郵便局は普段通 りに営業しているのでついつい郵便を出してしまい、それが配達にまわらずに仕分け所で止まっていたみたいです。郵便物が集中するクリスマスシーズンが近いので様々な業界が深刻に受け止めていましたが、「公共性の高い仕事なのにストライキなどけしからん」といった声はあまり聞こえません。(右派の新聞を読まないせいかもしれないんですが。)

一般市民のこういった寛容な反応は、昨冬の消防士ストライキの時も同様でした。(この時は右派系メディアも。)市民を守るという使命感からか、やるぞやるぞと言ったままでなかなかストには至らずに労使交渉が延々と続いてました。が、いよいよ堪忍袋の緒が切れてストに突入したその時刻にたまたま消防署の前を通 りかかったところ、ドラム缶に火を焚いてピケを張る消防士たちに対して、前を通過するほとんどの車から共感のクラクションや激励の声が投げかけられていました。各消防署の正面 には「年間30Kの正当な報酬を」のスローガンが掲げられていましたが、年収30K(30000ポンド)と言えばいまのレートで560万円ほどです。30歳代で年収420万円から500万円弱平均というのですから、これは無理もない要求額だと多くの人は思ったでしょう。家族持ちだったらロンドンでは暮らせません。実際、ロンドンの消防士がロンドン近郊で暮らせずにウェールズから通 っているなんていう報道もありました。

で、今度は来週あたり、ロンドンの地下鉄(Transport for London)ストがありそうです。ストといっても完全に職場を離れるのではなく、地下鉄の走行スピードを落とすというものなのですが、その理由は「安全性を信頼できないから」です。運転する機関士自身が安全とは思えない交通 機関って、いったいどうなってるの?

このストライキによる要求は賃上げではありません。サッチャー政権→ブレア政権(途中に影の薄いメイジャー政権の8年間もありますが)へと、かれこれ四半世紀も続いてきた新自由主義政策によって多くの公営サービスが民営化されたのですが、地下鉄の保守点検サービスもそのひとつでした。先月、ロンドンの地下鉄では同じ週のあいだにふたつの事故が起き、うち1件では7人の負傷者が出ています。いずれも点検を終えたばかりの車輌および路線でした。民間企業ですから経営の合理化はあたりまえですが、人手と手間と時間を節約した結果 の事故頻発じゃないの? というわけで、TfL側は保守点検サービスをTfLに戻せと要求しています。

消防士の数十年ぶりのストライキが鬨の声となったかのように、この1年、公立学校の教師やホスピタル・ワーカーなど公共性の高い職に就く人々のストが頻発しています。前述したように、大きなユニオンが存在しないのでどのストライキも大混乱を引き起こすには至りませんが、200万人反戦デモを無視してのイラク攻撃もあいまって、社会の不満は飽和点に近づいていると言えるでしょう。杖をついたり車椅子に乗った老人たちが大挙して議会に押し寄せ、年金受給額を引き上げよと議員にせまったこともありました。

もしかして(もしかしなくても)新自由主義は破綻に向かってるんじゃないの? あきらめモードに入ってしまった(らしい)アメリカの貧困層に比べると、イギリスの労働者クラスは伝統的に権利意識が強いですから、少なくともこの人たちは次の総選挙でブレアの労働党には票を投じない、ような気がします。再来年の総選挙までにイギリスでは政界再編があるかも。で、イラク攻撃をめぐる議会でのディベート9時間半なんかを思い出すと、いまからわくわく。

で、ひるがえって日本を見ると、「郵便事業民営化」とか「道路公団民営化」とか、あたかも商売こそ最高!と言わんばかりに民営化がもてはやされてる。なぜ? 公営事業が腐敗した理由はそれが公営だから、ではないと思うんですが・・・と、民営化路線でぼろぼろになりつつある(もう、なってるか)イギリスの昨今を展望して一在外有権者は思うわけです。

いまさらネオリベラル礼賛なんて、小泉首相、周回遅れもいいところ、です。せっかくの反面 教師がいるんだから、二大政党制ばかりじゃなくてイギリスの「失敗」にも学んだからどうでしょうか。いまこれを見直せば、出遅れといて良かった、といったことになるかもしれません。(藤澤みどり)


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MAGCHIMERA WARTIME 05
2003年11月05日発行
【編集・発行】藤澤みどり
midori@dircon.co.uk
【melma ID】m00101856
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